2011年6月30日木曜日

風鈴を垂らしてみたが、風が吹かない。

朝、娘がぶつぶつ言っているので何だろうと思っていたら、
今日、英語のスピーチのテストがあるらしく、練習しているもよう。
朝ごはん時。
「ねえ、ちょっと聞いててよ。 
... (スピーチ)...
 どう?ここのsinceの使い方とか、いいかな?」

すんません、いつもエラそうなコト言ってるわりにお役に立てなくて。
母は、そんな微妙な使い方、わかりません、です。

だから、「いいんじゃない?」って言っといた。

よかったねえ、語学のキライなところ、母に似なくて。
(スピーチテスト、高得点だったらしい。)

■■■
暑いよね。今日は3人でお出かけ、あ、いや、出張。
私だけ日傘です。
「トシとってくるとさー、気がつかないうちにシミが、...」
とか、いいわけじみたコメントを私が言うと、Tさんがすかさず嬉しそうな顔をします。
私の年寄り発言、というか、誰彼関係なくトシの話題が肴的に好きなんだって。

今日は、発生していたトラブルが自分の検討結果でいっこ解決したので気分も軽やか。
(自分の仕事は終わったので私だけさっさと帰る。)


もうシュークリームの季節ではなくアイスの季節です。
新幹線の乗り換え時間の5分で、ハーゲンダッツに寄るので、
ポイントカードがお財布の中から探し出せず、
いつも新しく作ってもらうので3冊もたまっています。
今度、一冊にまとめるぞ。




風鈴。
金属の質感が好きなので真鍮製。
とても澄んだ音がします。




2011年6月29日水曜日

レッスンメモ5

暑い~。でもレッスン行く。

・シマンドルP25、26
1~5
2分音符は良かったけれど、4分音符は弓のスピードが速い。だから音の質が違ってしまう。
スケール、下がってくる音形のほうが難しい。左手うをすばやく移動すること。
練習曲だけれど、メロディの固まりをつかんで練習すること。
「ご家族に、今の曲、いいね!といわれるように音楽的に練習してください。」(←笑う、しかない。)
 6
E、A線を使う8分音符と、D、G線を使う8分音符の弦の使う量は意識して変える。
低い音(E,A線)の法が7割程度の量で、弦に弓を十分ひきつけてゆっくりきっちり鳴らす。

・シマンドル 30エチュード No.2
ここの8分音符も同様。恩恵をよく見てアルペジオを機械的に弾かない。山場を意識する。

・エクレス ソナタ
この曲は寝かせることにしましょう。

・カヴァレリア・ルスティカーナ 間奏曲
メトロノーム的に弾かない。
やりすぎない程度に演歌的に歌う。特にメロディの4分音符をたっぷり弾く。
この歌劇は、日本ではほとんど上演されないけれど、
間奏曲は、それも間奏曲のみ、よく演奏されるそうだ。


【来週】
・シマンドルP28
・シマンドル 30エチュードNo.2後半
・ カヴァレリア・ルスティカーナ 間奏曲(次でおしまい)
・G線上のアリア

■■■
今日はレッスン室にコントラバスが2台あったので、聞いてみたら、
先生の奥様も演奏活動をなさってるのだとか。
(夫婦でコントラバスってスゴイ)

2011年6月28日火曜日

暑いよね。そうだよね。

風呂上りに歯を磨く。

上から娘の声が。
「暑い。2階は暑い。どうしてこんなに暑いの~!」
と、言うので、
「じゃあ、窓を全部閉めて、2階のエアコンつければ?」
「エアコンつけるほど暑くないんだよ。でも暑い~。なんでこんなに暑いわけ?」
「そりゃ決まってるよ、夏だからだよ。」
「でもなんで2階はこんなに暑いのさー。」
「暖気は上にたまるんだよ。仕方ないよ。
あ、部屋のベランダに開くドアあけなさいよ。 涼しくなるよ。
ああ、あんたの部屋、ドアとベッドの隙間に物いっぱいで開かないんでしょ。」
「開くよ!!なんで機嫌悪いときにそんなムカつかせること言うんだよ。
暑いよね、そうだよね、って答えればそれでいいんだよっ!」

おい、ちょっとまってくださいよ。
暑い、というから、対策案を言ったんだよ。
エアコンつけるとか窓を開ける、とか。
で、なんで暑いのかと聞かれたから、
夏だし2階は熱気がこもるって答えたんでしょうが。
答えなければなんで無視するの?って言うくせに。
(ドアの前に物がたまってる云々は確かにイヤミだけど、事実だもんなあ。)


暑いよね、そうだよね
まぶしいよね、そうだよね
臭いよね、そうだよね
うるさいよね、そうだよね
つまらないよね、そうだよね
この会話不快だね、そうだよね
...
ってどうなのさ。
こういう会話は私の苦手な流れだ。

私たち、会話の波長が合わないような気が。
食べることについては合うんだけどな。

2011年6月27日月曜日

家族イベント

先週の土曜日、Gさんとお祝いを兼ねて、二人で豆腐屋さんへ行った。
娘は、ばーばの古希のお祝いに行っていたので、二人で行ったのだ。
もともと、私たちも外でご飯食べてくるよ、とは言っていたのだが、
軽く娘に報告。
「豆腐食べてきた。」
「えーいいな~。」
「あんただって、河豚でしょう。いいじゃん、高級じゃん。
それに、ほら。2周年記念だしね。」

「あ。   (←気がついたらしい)
 ...え”~~!そういう名目で行ったわけ?
なんで私がいないの?
それだったらなおさら私がいないんのはおかしいでしょう!(←いや、別におかしかないぞ)
ちょっと、その名目にするのはやめてよー。違うのにしてよ。
2周年のごはんは別に設定してよー!!。」

おや~。
Gさんとの同居はもともと反対してたし、
こういう記念日にあんま興味ないかと思ってたよ。

ちょぴっと嬉しかったので、
2周年記念外ごはんのイベントは別に設定してやろうじゃないか。


2011年6月26日日曜日

花束

朝、宅急便が。
おや。数日前からさりげなく宣伝しておいたからか?





 

オールドローズなので、垂れて咲くらしい。ん?花もたれる?


Gさん、ありがとうありがとう。これからもよろしくー。

■■■
午後から、娘と出かける。
「部屋を片付けたら出かけよう。」
「おし、わかった。」

ごそごそがたがた(片付ける音)、がーがーがー(ルンバの音)
しばらくのち。

「おー、お部屋きれいになったじゃないか!」
「そうよっ、お部屋の”お”は汚物の”お”じゃないのよー。」
「うはは。あとは部屋からはみ出たものを片付けだな。」
「おっとー忘れてた。」

というわけで、久しぶりにキミの部屋の床がすっきり見えたよ、気持ちいいねえ。

さあさ、買い物に出よう。

2011年6月25日土曜日

調律の日

ただ今ピアノのの調律中。おお、我が家にピアノの音が!

あんなに苦労して運んだウチのピアノですが、調律の日が日の目を見る数少ない時となっています。
「調律うかがいます。」という連絡があるから、ピアノいつか弾くぞ!、と思うのですが
そんな決意も日々の雑事にうずもれてしまって(時間もうずもれてしまって)、
そんな隙間はいつみつかるのでしょうかねえ。

「Gさんピアノならいなよ。」と、たれてるGさんに言ってみても「ううん?」。

いや、時間は確保するもの。
いつか、私がきっと (と、ぐーの拳を握る)。

我が家、いつのまにか明日で2周年です。


今朝のNHK BS「旅のチカラ 未来を奏でるオーケストラ ~フィリピン・セブ島~」 で
ピアノニストの館野泉さんが言っていた。
「楽器はね、安いのでもいいんです、ちゃんと愛情を持って長く使い込めば
答えてくれるんですよ。いい音に育ってくるんです。」

セブ島で舘野さんが弾いていたYAMAHAのグランドピアノは、
潮風で弦がさびて茶色になっていたけれど、
「このピアノの音、とてもいいんんです。使い込んでいてそれでいていい具合に枯れていて。」
なのだそうだ。


我が家のピアノ、私の定年後からかしらねえ、育てるの...。


■■■
「旅のチカラ 未来を奏でるオーケストラ ~フィリピン・セブ島~」 
舘野さんは、長年にわたり、フィリピンのセブ 島の貧しい子どもたちへの支援活動の一環で、オーケストラを結成し、指導・共演してきた。病気以降、セブへの訪問はかなわなかったが、12年ぶりにセブ島へ向かうというドキュメント。(館野さんといえばシベリウス、私はシベリウスのピアノ小品が好きなので名前を知った。)バイオリンやファゴットを弾くセブ島の若者たちの目がきらきらしてた。番組で演奏していた吉松隆作曲ピアノ協奏曲「ケフェウス・ノート」も良かった。

2011年6月23日木曜日

シナモンロール

子供の頃ってシナモンの味が苦手でした。ニッキ味ってやつですね。
大人になると、こういう微妙な複雑な味わいに寄っていけるようになりますね。

映画『かもめ食堂』でにでてくるシナモンロールは印象的でした。
映画を見終わったら「シナモンロール食べたい!」って思ってしまいます。

小田原の箱根ベーカリーのシナモンロールも美味しいです。
出張に行く途中、仕事で一緒のTさんと「パン屋さんでパンを買ってお昼ごはんにしよう!」となり、
シナモンロール、ぱくつきました。(ここのパン何度か食べます。)
天然酵母のパン屋さんのパンのいい香り、シナモンロールも大きくぱりっと美味しいです。



「オレ、こういうパンのいい香りって好きなんですよねー。
時々、朝、出張にいく新幹線に、カミさんが焼いてくれたパン持って乗るんですけど、
ぱくっと割って、匂いかいじゃうんですよ。フェチかも。」
彼の奥さんは日ごろからパンを焼くくらい、お料理が超上手なのだ。
朝焼きたてパンを持たせてくれるなんていいなあ。




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仕事の帰り、Tさんは再びこのベーカリーに寄っておうちへのお土産にシナモンロールを買っていました。
(Tさん、ラスト2個を買い占める。)

車中にて。
なんだか会社組織について、「職場風土って一種の淘汰圧よね。その組織風土で生き抜いた人たちがまたその風土を頑強なものにしていくのよね。」」という話の流れになり。
私の入る職場は、自分たちで技術を発掘して売り先を探して売り込んで適用して
時にファシリテータ、アナライザー、アジテーター(?)...になる、
ちょっと特殊なところで働きにくいという人たちも結構いる。
でも逆に私の場合は、長時間働くことを求められる、
そしてそれが成果に結びつく量産部隊では働き残っていけなかったなあ。
働かなくては生活が出来なかったという必要性、適応、ある程度の割り切りといい加減さ。
それがあるから今の部隊で働き残っている。

でも多様性って大事よね、外の血も混ぜていかないとさ、環境が変わったときに対応できないよね。
それには組織に余裕が無いとねえ...

...と尻切れトンボな状態で、駅につき各々パンの包みをもって家路に着きました。

2011年6月22日水曜日

大学は回り道か。

今日の出張では、帰りにデザイン部門(女性)の先輩と一緒だった。
仕事の分野が違ってすごく興味があったのでいろいろ聞いてみた。
「仕事楽しいですか?」
「楽しいですよ~。もともとプロダクトデザインをやりたかったので。
製品のデザインから市場調査まで幅ひろくいろんなことをやれるのでやりがいあります。」

「美術系の大学ってどうなんですか?楽しかったですか?」
「うちの大学は課題がたくさんでるので忙しかったですね。3日休んだら留年しそうなくらい。」

そういやうちの娘が、
「もうやりたいことがあってそれに向かいたいって思っているんだったら
大学の4年間もったいないと思う。大学行く意味ってなくない?」
と言い出したことを思い出し、相談してみた。

「大学4年間って学べることはすごくあるんだよ。
もしやりたいことが決まっていても、その気持ちをずっと持ち続けていろんな事を学ぶべきだと思う。
それに芸術の仕事って華やかに見えるけど、職人系の仕事で成功する人ってほんと一握りだし、
表面の華やかな部分しか見えないけれど、
それに関わる仕事の種類や、いろんなアプローチの仕方があることも分ると思う。
大学は行ったほうがいい。ダブルスクールでも留学でも道はあるし。
そういえば、同僚でいきなり会社辞めてドイツとフランスに靴作りを学びに行ってマイスターとって
日本(たしかおしゃれなところ)で靴屋さん開いている人もいるよ~。いつからだって遅くないと思う。
私も回り道やらをたくさんしてよく分かるけど、気持ちって変わっていくものだから。
でも中3って、すごく希望にあふれている時期だよね~。」
と、目をきらきらさせながら言っていた。

「そうなんですよ。現実を知らせて親が夢を打ち破っていくのもどうかと思うんですよね。」
とワタクシ。

先輩のお子さん(男の子)はまだ小さくて、学童とシッターさんを駆使してお仕事を続けていらっしゃる。
そして仕事楽しいっていえるお母さんって素敵です。
ちなみに先輩、自分の息子には、
「これからの時代は、女の方が粘り強く働くし仕事もできるしお給料だってたくさんもらうと思うから、
あなたは、お料理を覚えて役に立つ主夫になれるように。」
と、料理を覚えるように言っているという。



大学にただ行くだけだったら何の価値があるのかと言う、
娘の言うことも子供の目線で考えたらとても良く分るし、
よく分かるだけに親としてはより選択肢を狭めないような道を選んで欲しいと誘導してしまう。
これからだって好きなこと、やりたいことは変わっていく、きっと。 

それにね、自分の子供が、生活を成り立たせるまで紆余曲折する(←と決め付けてる)様子を
見守る側の親の度量、そして経済力がね、心もとないんですよ。

2011年6月21日火曜日

女性の品格は何処から

リレイアウトがあり2Fから7Fへ移動。
こんなところで地震があったら、ぜったい怖い、という見晴らしです。
今までも18Fにオフィスとかありましたけど、
それだけ高いともう窓から見えるのは空なので、高さを逆に感じないんですよ。
7Fって中途半端な高さだと、周りの建物と対比できちゃって高さ実感です。
(もともと高いところ怖い...)

■■■
今日は体力使ったので早く帰ろう、と、同僚とバーゲンを眺めにぶらぶら。
ちょうと娘も帰ってくる時間だったので待ち合わせて一緒にぶらぶら。
若干買い込む。

「あの、実は気になっていたんですけど、最近aniaさん服買ってないですよね。
そのカーディガンいつも一緒で、最近、着古し感が出てきたなあって思ってたんですよ。
たまには変えましょうよ、ね。」

あ、あい。
...見てたのね。
どうせ会社、と思って、テキトーな格好で会社行っていました。
特に日差しよけ、寒さよけのカーディガン(ユニクロ製)は、
誰も見ちゃいないと思い、いつも同じだったですよ。

「これで、明日から、ぱりっと新しいカーディガンですね。
でも、これもこれからずっと着っぱなしで着古し感出てきちゃうかなあ。」

と、同僚にまで心配されてしまうのでした。
服に向けるエネルギー、あまりないんですけど、

嗚呼女42歳、品のある女性を目指したいところです。

2011年6月20日月曜日

6月ですねえ。

おや、ネタが無い。
キーボードが進みません。


そういえば6月か~、とGさんとしゃべっていると、どちらからとも無く

♪6月!
♪いちばん雨が降る~
♪だ~からいちばん だからいちばん
♪つーまーらーなーい~ 月~(いちばんロック)

の歌を歌いだしてしまいます。(いちばんロック、ですね)
「いちばんつまらないって!なにもなー、つまらないっていう歌詞をわざわざつけることないやん。
12月なんか、おしまいの~月~やで。」
「そうやねえ~。」

と非生産的な会話をしております。
6月ですからね。

キリっと行きたいところですが、家中たれてるかんじ。

家にあったPCが古くて遅くなったので新しいのに買い換えました。
ついでに、iPodも古くて容量も足りなくなってきたので買い換えました。
後ろに文字を入れてもらえるというので、Gさんがカタカタと入力。

”でもとくにたたかわない”

これも6月だからですかねえ。
おや、もうすぐ2周年じゃないですか!

2011年6月19日日曜日

海的な二人

まわりは紫陽花と雨だらけとなってきました。
私も娘も紫陽花って好きじゃありません。(あ、雨も)

「あの球形な形がそもそも綺麗じゃないよね。」
「うん、なんかつつしみ深くないってゆーか、まんま生殖器って感じ。」
「ってゆーか、花ってみんなそうだし。」
「群生するでもさ、桜は綺麗だよね。固まって丸くならないからか?」
「バラ科とそうじゃないか、という違いがある。バラ科の花、好きなんだよ。」
...えんえん。
ああ、女たちの会話は海のようにあてもなく広いねえ。収束しない。
女は海~。


■■■
「部活があるから5時半に朝ごはん!」
という娘のために5時15分に起きました、日曜の朝。
とりあえず、おにぎりとわかめスープを出した後、母は、
Gさんが子供の頃から使っていたというアトムのミニ毛布を身にまとい畳の上に寝転がる。
アトムロールな母。
時々意識は戻ってくるけど、気がついたら娘はいなかった。

まだ6時半。
もいっかい寝ようかと思いベッドに戻って、次に気がついたら9時だった。

なんつーか、朝の二度寝の気持ちよさに心から浸れない罪悪感的なきもち。
こんなんで良いのか、と思ってしまう貧乏性な母です。
このぐうたらさに見合う、つじつま合わせが、きっとあるに違いない。
この週末、体調がいまいちできりっとしません。

娘の返却テストもいまいちチェックできない。
でも、今年も数学、補習かしらねえ...。

夕方帰ってきた娘は、元気なかった。(試合の結果が×だったらしく)
でもドーナッツを買ってきてくれた。

そしていつものように即、冷蔵庫をあけて、目がキラリ。

「あら。冷蔵庫にお菓子的なものがあるじゃない?」
「そうよ。あなた、いつも夜ご飯のあとにデザート的なものないの?って聞くじゃない?」
「まあ、うれしい、それであのお菓子的なものは何かしら?」
「お菓子的に見えてもお菓子じゃないかもしれなくてよ。」
...
だらだらと会話が続く。

答えは、水饅頭っす。
食後にみんなで食す。



部活かんばれよ。
数学がんばれよ。   くわっ












2011年6月18日土曜日

アイの物語

ヒトは自分固有のフィクションの中で生きている。外界とのI/Fである(ヒト固有の)感覚器官を通して固有の思考回路をとおった、その物語の外に出ることはできないのだ。その外側の世界はどんなだろうと考える。

この『アイの物語』は、アンドロイドのアイビスがヒトに物語る6つの物語と、最後アイビス自身の話から構成されている。アンドロイドはヒトとはスペックが違う。それは知性のスペックの差なのだ。
ヒトはヒトであるゆえに倫理と論理の自己矛盾に陥ってしまう。ヒトは事実そのものを認知することはできないのだ。

6話に出てくるアンドロイドの詩音は「すべてのヒトは認知症なのです。」という。「ヒトは正しく思考することはできません。自分が何をしているのか、何をすべきなのかを、すぐに見失います。事実に反することを事実と思い込みます。」と言う。ヒトと共存するためのアンドロイドとしてのモチベーションを学習しながら探す。そしてヒトが抱える不合理と折り合いをつけるためには、肉体ではなく体感感覚を通して蓄積される記憶(ヒトであれば心)の中に答えがあると推論づける。


アイビスの語る物語ひとつひとつを小説として読むと、まあ普通の短編なのだ。でもアイビスの語る物語、それをつなぎ合わせたアンドロイドとヒトとの話『アイの物語』とした時、最後ちょっとじんときてしまった。近未来の話だけれど、ちょっと古っぽいアナログちっくな感じがするのは、作者の山本弘が1956年生まれ(50過ぎ)だからなのかもしれない。(ラノベを読んだことがないのでどんなジャンルなのかわからないけど、ラノベの人らしい。) 話自体に懐かしい匂いがする。

私は生きるということは時間・時系列と記憶であると思っている。アンドロイドのように、この記憶も継げたらいいのにな。

アンドロイドの虚数iとI(私)と愛の物語。



アイの物語

2011年6月16日木曜日

美味しいパンに誘われて

朝ごはんはがっつり派です。(食べ過ぎて気持ち悪くなることもあります。)
昼と夜は、あんまり派でもあります。
おひるをはさんだ、一人出張では、パンなぞを買って新幹線でかわいく食べたりします。

最近気に入っているパン屋さんがあって、それはイタリアのパン屋さん。
フォカッチャに具材がのっているもので、種類がたくさんあります。

ドライトマト
蚕豆とエビ
生ハムとルッコラ
きのことベーコン
トマトとアンチョビ
くるみと無花果
...
目移りします。
デザートもいいんです。
お一人様でもお求めやすく、小さくて安いのです。

で、今日も電車に乗る前にパン屋さんよって、
2種類のパンと胡桃とリンゴの小さいケーキを買ってお会計...
あら、このクロワッサンも美味しそう。
パン3つと小さいケーキ、こりゃ食べられないかな、ま、いいや、家に持って帰ればいいし。


うまい。
駅の待合室にて、完食しました...。

そしてどうやら食べ過ぎたらしく、新幹線のシートにて深く座ってしばらく、
満腹でお腹に血がまわってるのを感じてそのまま意識が遠くなり、
はっと気がついたら、口の左端からよだれをたらして寝ておりました。

女42歳。品のある女性を目指したいところです。

2011年6月15日水曜日

ざわざわ

テストも終わり、夏休みに向かってまっしぐら。
相変わらず娘は寝てばかりいる。
寝る子は育つ。もう母を見下ろす。肩幅デカイ。
そんなヤツがリビングでグースカ寝ているわけで、寝起きは機嫌悪いわけで...、
もし、コレに、さらにすね毛が生えてて汗で蒸れた匂いもしていたら、と想像するとくらくらする。
とにかく、そうやってむりやり自分を慰めてみたりする。

思うに、夜ごはんの後、片付けをしたら、母はコントラバスの練習をするわけで、
この野放し状態の娘にとっての空白がいけないのではないかと思う。
まあ寝るくらい、いけなかあない。
でもこれが毎日だと、時間がもったいなくないか?

明日から、こまめに起こしてみるとか、他にいろいろ試してみるとか...。
帰納法だな。

■■■
今日、仕事をしていたら、
「aniaさーん、○○学校の副校長という方から電話です。」
「え?」

ええええええ。アイツ何やったんだよ、いったい。
大怪我したとか、警察に保護されたとか、何か問題起こしたのか?
今から学校いかなくちゃ行けないのかな。休みの申請しないと。
悪いことばっかり頭をよぎる。

「はい、お電話変わりました。」
「お仕事中すみません。今お時間よろしいですか?実は...。」

って、そんな想像するような悪い話じゃなくて
以前娘が書いた文章について、ある本へ掲載したい旨申し入れがあり
その可否についてご家庭で判断して欲しい、という説明でした。
なんで担任じゃなくてわざわざ副校長なんですかね、という内容でしたよ。 
ああ、びっくりしました。
よかったよ、事故とかじゃなくてさ。

2011年6月14日火曜日

ばーさんになるまで右往左往。ばーさんになったら縁側でお茶をすすりたい。

教則本と、30エチュードに、しつこくしつこくでてくる八分音符。
これをやりだすと、30分があっというまだ。一種のトランス状態かも。
でもなかなか出来るようにはならない...。

■■■
厚生労働省が公表している食品の放射性物質の検査結果を見ると、
事故後、初期3月末ごろまでは、北関東の野菜に基準にかかわらずヨウ素、セシウムが出ていたが、
5月半ばくらいには減ってきており(お茶に出ているけど)、今度は魚介類の数値が気になる...。
先日聞いた食品への放射能の話によると、
野菜からの検出は一旦減るが数ヵ月後にまた増加する、また魚介類への蓄積も懸念される、
ということであった。

厚生労働省のデータ
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001fcjd.html

また「2r9852000001cest」で検索すると、
 [PDF]食品の放射性物質検査について
を検索できます。


できれば、物が考えられる状態で出来るだけ長生きして、
ひなたぼっこをしながら「いろいろあったねえ、じーさんや。」
と、言い合いながらお茶と道明寺をいただきたいものだねえ。


2011年6月13日月曜日

会社は人件費を何に払いたいのか、を考えてみるに。

アンダンテさんのところの

つまり、高専卒にはかなりの割合で「使い捨て労働力」としての役割が求められており、実際問題、数年以内の離職率は高いといわれている。就職はできる…でも..(以下略)

の記事を読んだら、
むーん、そうなのかー、でもそれはどうしてなのか、とか考えてしまった。
(今の高専と昔の高専は違う(←と、知り合いの先生も言ってた)と思うけど、とりあえず。)
私の場合、高専中退、浪人、大学(文転したものの希望の学部は×、文系なんだか理系なんだかというところに入り、受験失敗に鬱屈とした4年間を過ごす)、その後理系な仕事について20年。そして今も仕事を続けている。

入社した当時は、同じ会社に偶然にも高専時代の元のクラスメイトや違う学科の同輩、後輩、先輩がいたけれど、今同じ会社に残っているのは...あれ、一人もいない。違う会社に就職した女子たち、あれ、一人も残っていないです...。研究部門もあり製造部門、企画部門さまざまだけれど、女子の場合は全て退社し、たぶん専業主婦へ、男性の場合は関連会社へ出向もしくは異動となっている。

けれど会社側が高専卒ということで「使い捨て」的待遇を取っているのかというと(私のいる会社の場合ですけど)、少し違うような気がする。会社が中堅以上の社員に対して求めるものは、
技能(技術スキル)を実際に使える人間ではなくて
・技術を理解できること
・必要な技術を見極める嗅覚
・実際に起こる複合問題の要因分析
・プロジェクト遂行能力(人をまとめる)技術
...などの人の気質による部分を要求するようになると感じている。技能は外から買ってしまえばいい、と考える。ツールでも、技能でも人でも。

人でしか出来ない部分に高い人件費を払いたいわけです。
問題を掘り起こし、定義する部分。
人と人とのインターフェースの部分。これ、大事よね。

一方、私のもとクラスメートたちは、
・(S/W、H/W)技術が好き
・もくもくと遂行する
・優しい、
・ムードメーカとなり人を引っ張っていく、というより縁の下でコツコツ...
な感じ。 もちろん一人一人みんな違うけれど、まあ傾向として。

ある程度大きな会社で働き続けるには、会社が求める方向に自分を変えていけるかどうか、自分の居場所をすばやくみつけるかどうかによるのかな、と。
職人的スキルをずっと活かして働きたいなら、会社を選ぶ必要がある、と思う。
大きな(古い)会社より、小さめの会社のほうがいいのかも。自営で技術を売るとか。

...考えたのはここまで。

■■■
あとはつれづれに。あくまでも個人的な考えです。
高専時代、中の良かったAさん。彼女は中学時代、地域一斉の模擬テストでもトップに名前があったくらい優秀だった。テスト前にはよく一緒に勉強をした。当時は私もとても良く勉強していた(笑)。問題の大雑把な解き方を考えるのが私は好きで細かな計算が不得意、Aさんは緻密に数字を追ってゆく。分担すると効率的に勉強が進んだ。
彼女は人前に出ること人と話すことが苦手で、バイトも人と接さない仕事を選んだ。クラスでも常にトップの成績、国立大学に編入し、卒業後は大会社に就職した。けれど、すぐ会社をやめてしまった。配属先が企画系。企画を考え取りまとめる仕事ではなく技術ど真ん中の仕事がしたかったのだそうだ。
(一度、彼女の家に遊びに行ったとき、旦那さんは朗らかで、がはがはと笑う関西の人だったけど、これは今でもとても良く分る。のほほんGさんに通じるものがある、かも。)

知り合いの男子の同窓生(卒業してないからちがうか...)は、ほぼ、関連会社へ。
製品開発部へ配属された女子は、締め切り前の激務に耐えられず、退社。これは高専・大学出身問わず。
研究所配属の後輩たちは、やめて専業主婦へ。年に数本の論文ノルマやヘンな人が多い研究部門は人間関係がしんどい、みたい。
そういえば時々一緒に仕事をする男性は、高専卒でやはり20年近く働いているが、かなりニッチな技術を開拓して深堀邁進中である。

今は新入社員に高専卒をみつけるのはなかなか難しい。修士卒が多い。

女子の場合、高専卒じゃなくても入社時の10%しか残っていないから、出がどこであれ、20年も働くことのほうが珍しいかも。私の出た大学から今の会社に入社する人は今後いない、と思う。今の部署に配属となったのも人脈と情報、そして運である。運は待っているだけじゃめぐり合えなくて、センサーを働かせていないと呼び寄せられないと思っているし、人脈はとても大事だ。(高専時代、面白そうな教養系の先生を見つけてはよく遊びに行っていたのが役に立った。)
いろんな人を見ること話すこと、関係の無い分野でも足を突っ込んだりすることって実は人間の栄養になっていると思う。

高専にいる5年間では、必要な技能やスキルを磨くことで時間的に精一杯だし、集まってくる人の気質がわりと似ているので、その外側にある回り道に立ち寄っている暇はあまりない。一般教養的な科目が苦手だからここに来たという子が多かったし。

今となっては、若い頃はリベラル・アーツの分野を、回り道しても、と思うんだけど。
(今となってだから思うわけで、当時はなかなか考え及ばなかった。)


■■■
高専の2年生くらいの時、友達と登校中の電車の中でのこと。となりにテスト中らしい高校生が、家庭科のテスト対策で根菜の切り方を覚えていた。なんとか切り、とか。それを聞いて一緒にいた友達が
「いいよねえ~、普通の高校生は楽ちんで。野菜の切り方なんか覚えてさ。あたしたちなんか...。」みたいなことを言った。
それを聞いたときに、私は逆に「このままじゃまずい。」って思った。普通の高校生が知っていることや大学受験を契機に詰め込まれる一般教養とか、そういうものを知らずにこのまま技術スキルだけを覚えて就職してしまうのはいやだ、と思ったのだ。さらに、そういうことを軽視した言い方をしてしまう友人たちの風潮がなんだかいやだったのだ。
やりたいことは、ここじゃないとちょっとは感じていたけれど、"大学"へいこうと思う気持ちが芽生えたのは、たぶん、このあたり。


2011年6月12日日曜日

たまには洗濯に。

東京交響楽団 定期演奏会を聞きに新百合ヶ丘、昭和音大のテアトロ・ジーリオ・ショウワへ。
学生さんがヴァイオリンとかチェロをもって歩いている姿は目の保養です。


(プログラム)
ルトスワフスキ:小組曲
シマノフスキ:ヴァイオリン協奏曲 第2番 作品61(
ヴァイオリン:諏訪内晶子)
ショスタコーヴィチ:交響曲 第10番 ホ短調 作品93

指揮:クシシュトフ・ウルバンスキ  







生オケは久しぶりだったのですごく楽しみでした。といっても聞きなれているわけじゃなく。
プログラムはポーランド2曲とソビエトと、北の音楽。指揮者もポーランド、28歳と若い(そしてカッコイイ)。北欧の独特の和音や音の並び(名前がついているんでしょうか)が好きなので、このプログラムはとっても好みです。お客は8割くらいの入り。

シマノフスキのヴァイオリン協奏曲は初めて聴く曲ですけど、この曲、好きです。そして諏訪内さんのヴァイオリンの音は、その音の深さと芯は太い透明感とでもいうのでしょうか(技術的なことは分りませんけど)、終わった瞬間、なんだかうるっときました。
ショスタコの10番、予習していきました(5番以外なじみが無いので)。1楽章が終わり、2楽章中は緊張感がずっと続いていて体に力が入っていて、終わった瞬間、力が抜けて息を吐きました。指揮者の表情によくマッチした曲だと思います。(この大曲を全て暗譜、練習中もスコア見ないで指示出ししていてすごい、ということです。)
たまには行かないとね、命の洗濯に。

ところで席は、前のほうが好きなんです。団員の皆さんの表情が見える場所で、弦の音にならない擦れる瞬間の音が聞こえるくらいのところ、そしてコントラバスが見えるところ。本日は前から2列目でコントラバスはちょっと見えにくく、音は私の頭上を飛んでいく感じ。でもチェロの皆さんの靴下の柄とかはばっちり見える席でした。
今度は、もう3席くらい後ろがよろしいかと。


2011年6月11日土曜日

文学賞メッタ切り!

昨夜、Gさんは午前3時半に帰宅。Gさんが、羽目をはずすのは珍しいのだ。

「今日のGさんは使い物にならんね。」
「起きてくるのは夕方くらい?」
「たぶんね。」
外は大雨。娘と二人朝ごはんの食卓を囲みながら会話する。

あら、意外、10時半に起きてきました。
「トイレ(まだ寝る)?それともごはん(起きる)?」
「ごはん。」

まったりの休日。

今日で震災から3ヶ月。
宮城ではまだ5000人ほどの行方不明者がいるという。
瓦礫も片付いていないよう...。

母の目の手術はうまくいったようで、「よく見えるようになったよ!」と言っていた。
よかった。

■■■
今日みたいな土曜の朝、NHK BSプレミアムの週間ブックレビュー、間に合えば見る。
朝6:30~とちょっと早いのだ。チャイに起こされた時なんか、エサをやりながらぼーっ見る。
毎週、3人ゲストが自分のお勧めの本を持ってきて、それについてゲストと司会者(この前までは児玉清さん)とともに語るという内容。面白そうな本の開拓にもなるけれど、それぞれの選者が自分なりの視点で語るのを聞くのが面白い。
それに番組後半、ゲスト作家のインタビューもある。作家の人のお話ってなかなか聞けないし、それも自分の本について書いたいきさつとかをゆっくりと語る姿は、民放じゃ見れないでしょ。
本日は森絵都さんが「この女」を語った。(あ、私と年齢同じだった。)


ずっと前、書評家の豊崎由美さんがブックレビュー(もしくは特番みたいなの)に出ていて、ヘミングウエイの『誰がために鐘は鳴る』はくだらない通俗小説だとか言ってばっさり切っていたのを聞いて、そのオヤジくさい語りが面白かったので、書評を読んでみたいと思い購入。(おそらく、彼女の書評は違う本じゃないと分らないかと思うが。)

日本の文学賞の種類、位置づけ、選考方法と選考委員など、裏側を覗けて面白い。(文学賞の一覧あり。) ファッションショーの解説のような語り口で、豊崎・大森二人の対談が進む。同じ調子なのでちょっと飽きちゃって休み休み読んだ。2008年度版だからちょこっと古い。

HPもある。(最後の数字が第○回にあたる。)
http://web.parco-city.com/literaryawards/141/



文学賞メッタ斬り!

芥川賞・直木賞から、話題のホラー小説大賞、メフィスト賞、ファンタジーノベル大賞まで、50を越える国内小説賞について、稀代の読書家大森望・豊崎由美の二人がアンタッチャブル徹底討論!
WEBマガジン「エキサイトブックス」で一大センセーションを巻き起こした掟破りの言いたい放題がさらにパワーアップ。

2011年6月10日金曜日

梅雨休み

「6ヶ月ぶりぐらいじゃないですか?」といわれましたよ、職場同僚との会合(飲み会)。
人生すなわち時間である、と思っている私は(←大げさ)、時間の浪費のような飲み会となることが想像できる会には参加しないのですが、今日は面子が良かったので参加しました。飲み屋さんのチェーン店はいやですから、と言って、喫茶店のようなアットホームな飲み屋さんで3人から席をあたためる。

「○○さんと××さんと一杯やってから帰る。」
と娘に電話したら、「いいなあ、お腹すいたよう。」と言うので、
「来る?」
「行く。」
となり、娘も参加。
○○さんと××さんとは娘も良く知っているのだ(便利~)。
これで母も心置きなく飲めるぞ。

午後9時半ころ、Gさんも参加。
母と娘が帰るときには、Gさんを預けて「あとよろしくね。」。

楽しい夜でした。
酔っ払って帰ってきました。


テストも終わった娘は空いた時間に出かけたようで、
「BUNKAMURAのルドゥーテ展に行ってきた!よかった。
こまかいエッチングなんだよ。あれは本物見ないとすごさが分らないよ!」
と言っていました。

2011年6月9日木曜日

レッスンメモ4

今日はやっと晴れ。
レッスンにお邪魔した時にも「今日は晴れましたね。」と、ご挨拶。

今日も盛りだくさん。出張以外は毎日練習してたんですけど、
各練習曲のポイントというか自分的な課題がそれぞれ違うので、結局間に合いません。

(1)シマンドル P19,20,21:♭が多く、左手の移動と移弦が多く、音程とりずらい。
・音程は大体取れているが、左手移動に気をとられて音の実の部分が少なくなっている。
 弓を使いすぎる。特に八分音符は弓を使いすぎないように。

(2)シマンドル 30エチュード No.2:課題、盛りだくさんの曲。八分音符の弾き方に注意。
・まず自分がどう弾きたいのかを、きちんと表現すること。大げさぐらいでよい。
・まず音楽あって、技術はそのためのもの。
(最後に弾いて、「どう弾きたいのかが、まずは伝わってきてよかった。」と言葉をもらう。
でも、そうしても音楽より前に音程や音が鳴っていないことに気をとられてしまいます。)

(3)ECCLES ソナタ:むむー。音を並べただけでは音楽にならない。
・指が難しいですね、来週も。はい。

(4)カバレリア・ルスティカーナ:懐かしいけど、出来ない部分もそっくり持ち越し。
                  出来るようになった部分もあり、その辺は成長、か?
・最も美しいといわれている曲ですね。
・スラーは音を切らないように。
・5連符はひとつひとつ音を鳴らすこと。小節からはみ出ても、いい。そういう音楽ですよね。 
・a tempoからのあの有名なメロディーは、二分音符は弓を少なく使い、四分音符はたっぷり目につかって歌う。
・次回も。

(5)次回の宿題:今回も多い...、が、楽しい。
・シマンドル P25,26
・30エチュード No.3
・ECCLES ソナタ1楽章
・カバレリア・ルスティカーナ

1時間のレッスンが気がついたら1時間半。ありがとうございます!

【本日のポイント】
この曲はこう弾きたいという音楽を大げさにでも表現すること。
それがあって必要な技術を確実にしていく。(って必要な技術が多すぎて間に合いません。)

■■■
先生からチケットを買うと割引で買えるということで週末のコンサートに行くことにした。
今度の指揮者は若くてすごい、らしく(先生談)、メインはショスタコだし。
「Gさん、行かない?」「んー...。」「あ、いいや。いってくるわ。夜はカレーだな。」
クラッシック、あまり聞かない人でも楽しめる曲ってどのへんから入ればいいんだろうか。


学生卒業してから10年以上の音楽っぽいものをしていなかった期間、少し後悔してます。
楽器を習って家でノンジャンルで音楽聴いてコンサートに行くという今の生活、潤っています。
なんだか、さびない生活...。

2011年6月8日水曜日

どこまでもおばか

眠いです。
なぜかというとテスト勉強をする娘が、夜
「眠いから朝早く起きてやる。」
といって寝てしまったり、
「朝の方が効率いいから、朝早くおきてやる。」
とか言っているのを聞くと、

果たしてちゃんと起きられるだろうかと、考えてしまい、
朝4時ごろ目が覚めてしまうんです。
その後も、娘がちゃんと目を覚ますだろうかと思って寝付けず。

結局、一緒に暗記物を手伝う。

...ああ、おばかな母親です。

2011年6月7日火曜日

親の希望

仕事中。同僚3人で並んでマウスをクリック、選択、右クリック、入力、で、カチカチカチ。
カチカチだけが響くフロアで、何かの弾みで、子供の職業選択の話になり。

「とにかく。理系に行ってもらえれば安心です。」
「へ、なんで?」
「生涯賃金の平均は文系より理系が高いんですよ。」
「へえ、でも平均値でしょう。文系のほうは職種ごとの給料のばらつき大きいイメージあるなあ。」
「最近はテレビ局なんかも安いらしい。」
「ボクの両親、兄弟とも国立大学の教授ですけど、地方ってのもありますが給料安いみたいですよ。
 姉のダンナさんは私立大の先生ですけど知名度は低いけどこっちのほうが給料いいみたい。」
「大学に残るのは、人間関係とか雑務とか厳しそう。法人化しちゃって基礎研究はさらに厳しいね。」
「実学なんかは予算もつくみたいなんですけど。」
「親戚で医者も多いんですけど、あんまり儲からないって聞きます。」
「子供の、お医者の家の友達の裕福そうな生活話、聞くけどなあ。」
「芸術系もね、名前の通った大学入るのが難しいわりに、成功するのはほんの一握りだし、結局メーカのデザイン部門とかや小さい事務所勤務とかだしな。音楽系もしかり。」
「いつまでも好きなことやるってのは、子供としたら、楽しい人生かもしれないけど、40近くまで就職できない話を聞くとね、経済的に支える親としたらつらいよね。」
「結局さ、理系のサラリーマンが、大きくは儲からないけど大きくはずしもしないし、安定してるし、いいと思うぞ。」

「いや~、でもね、Kさん、その夢を感じられない話をね、子供にはなかなかしにくいですよ。」

(ここに書いたのは、単なる野次馬的世間話ですから。その真偽のほどは分りません、です。)



■■■
そういや、私の場合、親に私の将来に対する希望を言われたりしたことは全く無い。
育ったところが田舎だったし、両親とも戦後の農村育ちで学歴もないので、子供にどこぞの大学入って安定した職業に、とかは、まるで考えてなかったと思う。適当に学校(高校でも大学でも)が終わったら近所にお勤めして結婚して近くに住んで、みたいには考えていたかもしれないけど。
それが。自分で勝手に学校決めちゃって寮生活して、そして勝手に退学して、浪人して、なんとか家から通える(←これが唯一の親の希望)大学入って、実家から遠くに就職して...。
こんな私に、両親は文句言わずに、お金出してくれました。
今考えると、デキた親です。
(私の)母に言わせると、「あんたは親に心配かせさせたこと無かったから信用してたんだよ。」とのこと。でも、学生の頃、呑んだくれて明け方帰っても(←ワルい遊びは全くありません)、文句のひとつも言わない私の母、人が良すぎないか?
(今だに実家の母が誰かにだまされたりしないか、ってゆーのが心配です。)

2011年6月6日月曜日

役に立つ、じゃなくて、頼りになる

お気に入りのポールスチュアートのジャケットは生地の織り方が繊細。ガサツな私はバッグの金具を時々引っ掛けてしまって、ジャケットの生地の糸が所々ほつれてしまってます。クリーニングに出そうという段になって、これらのほつれを見、えい、多少強引にでも鍵針で布地の裏に押し込んでしまおう、と思って悪戦苦闘していたら、Gさんがやってきて、「あ、やってやるよ。」。

針と糸通しの2本使い、しばし、そして、ほつれが、見えなくなった!
私はすごいすごいを連発しました。

そのことを娘に話をして、「ね、Gさんってさあ、役に立つでしょ!」と言ったら、
「”役に立つ”って、その日本語おかしい。”頼りになる”だよ。」とGさん。
「あ、そうか、そういう日本語をあてがうんだねえ。」
「そうだよ!」(力説)
「そうかあ。たよりになる、たよりになる、たよりになる。 」
「...?」
「あ、練習してんの。あんまり言いなれない言葉だからさ。」
「おう、一日3回練習してや~。」

思えば、日常生活で”頼りになる”という状況に甘んじたことは、最近より以前、ずっと無かったような気がする。誰かを頼りにするって、そこに一旦陥って、デフォルトになってしまうと、もしもの非常時にはその状況から脱出できなくなるような気がして、ちょっと怖くもあります。
だから意識的に頼る(というか、分業ね)ようにしようと思います。


■■■
帰国子女のKさんに、「娘がテスト中でさー」、という話をして。
「でもさ、あの頃って勉強する意味も分らなくて詰め込む時期で、きつい時期でもあるよね。
でもきつい時期だけど、とにかく知識詰め込むことで見えてくることってあると思うんだよね。」
「そうですね。私ももっと勉強すればよかったって思いますよ。中学高校の頃って分んなかったけど、
大人になって実感しますよ。もっとっもっと勉強すればよかったって。物の考え方とか価値観とか付き合う友達とか、そういうのが広がるんですよ。」
Kさんは、中学まで米国育ち。帰ってきて勉強しようにも、まず日本語、特に漢字が分らなくて日本の歴史の授業は、まるっと分らなかったらしい。

「でも今からでも遅くないよね。」
「そうですねえ。歴史、ほんとは好きなんですよ、アメリカ史とか世界史とか。
日本史って今からだったら、どうやって勉強すればいいですかねえ。」
「ベタだけど、歴史小説とか、大河ドラマ見るとかは?今やっている江はラブコメみたいで笑い楽しめるよ。」
「江って?」
「織田信長の妹のお市の方が生んだ3姉妹の末娘で...」
「お、織田?」
「織田、豊臣、徳川は知ってる?」
「聞いたことことあります!」
「フィギュアスケートの織田は?」
「あ!知ってますよ~織田信成でしょう。ああ、あの先祖ですか!?」

.....Kさん、きっと新鮮で楽しいぞ、日本の歴史。

■■■
朝、5時過ぎに起きて、娘の暗記物にご飯を食べながら付き合った。
娘は、ノートと教科書の情報を新しくまとめ、自分の”まとめノート”を作ってそれを覚えるタイプらしい。(今回知った)”まとめノート”は2色使い、全ての教科を一冊に。(たぶんこのノートはテスト後捨ててしまうんじゃなかろうか)

資本主義経済の成立のところを、一緒に読み上げていたら、思い出した。
「ああ、そういえば、資本主義と民主主義ってさ生まれが同じな双子みたいなもんで、キリスト教の土壌の上に成り立つって書いてあったよ。読んだ本に。まだあったはず。」と、だだだと本棚に走る母。あった、痛快!憲法学だ!
「ほら、ウエーバーの「エートスの変換」。エートスっていうのは行動様式のことで、カルヴァン信者になればエートスが変わる、ということらしい。つまり、予定説を信じればまず労働に対する内面の動機が変わる。ウエーバーの言っている「資本主義の精神」というのはこのエートスのことでその資本主義のエートス変換の触媒となったのが予定説なんだって。予定説によって人々の間に「労働は救済の手段であり隣人愛の実践である。」という考え方が生まれた、これが資本主義の第一段階になったって書いてあるよ~(適当にかいつまむ)。それでさ...。」

「ち、ちょっとー。もうこれ以上余計な情報を入れないでよ。せっかく覚えたのが崩れるじゃん!。」
「あ、はい、すんません...。」


2011年6月5日日曜日

草むしり日和

朝、起きてチャイを放鳥したら、
窓際でじっとして、さらに細くなって、そして外に向かって威嚇しています。
なんだ?と思って窓の外を覗いてみたら、猫が...。
フンをし終わって土をかけているところです。
ああ、そこは先日水仙を植えたところじゃないか。
蝿が、ぶん、っと飛び回っています。

ここらはガーデンバリアの波が届かない一角です。
ついにこっちもか。もう一個買うかどうしたものか。
この超音波、私の耳にはほぼ聞こえないけど (周波数が変わるときにちょっと聞こえる)、
若者の娘の耳には聞こえて、うるさい、らしい。
猫にはばっちり利いているようで、
以前フンをしていたところは草がだいぶ生え(猫のトイレ部分は草、生えません)
よし、猫トイレを脱却!と思ってたのになあ。
いや。私は猫、好きですよ。でも猫トイレになった庭はくさいんですよ、とってもね。

ついでに庭の雑草を見たら、雨の後にぐんと伸びたようで、
もとから節操無い庭が、そのまま節操無さだけ成長してます。
思い切って草むしりを。ゴミ袋45L2つ。

......

高々、雑草。されど雑草。
それらが無くなったスキン地面はなんだかねえ、寂しいかんじ。


■■■
テスト前の娘にメールが。
今年、受験して中学入った従兄弟が「学校のテストで学年3番だって~。うげー。」
ああ、あんたいっつも姉さん面して威張ってたもんねえ。

「なんかさ、これは何でだろうって考えると、進まなくなるんだよね。機械的に覚えればいいじゃんって友達は言うけどそれじゃ分んないでしょ。なんでこれはこうなったのか、とか、なんでテスト勉強するのか、なんで何のために大学行くのかって考えないで勉強するのって機械的に大学いくのって私だめなんだよ。」
と、娘が言うので、
「うんまあ確かに。目的とか動機って、モチベーションって大事よね。でも覚えることや、覚えたことの向こうに探す答えがある場合だってあるんだよ。覚えたこと、ずーっと分んないなあ~って考え続けることは決して無駄にはならんよ。考えるための土台が広がると思う。ちょっと我慢して覚えてごらんよ。分んないものはちょっと我慢して分んないまま考えててごらんよ。」
と、母の昔の事例を話したら、「はいはいはい、もうわかった。」って、
もういいって手をひらひらされました。


■■■
amazonで本を二冊注文したら次の日の朝に届いた。
一冊読み始めて、ちょっと飽きて、別のを読み始めて、の平行読みになっている。
お口直しみたいだ。

2011年6月4日土曜日

I Masieri

最近気に入っている、ラ・ビアンカーラのワイン。この季節は白が美味しいね。
空けた瞬間、華やかな香りで、すっきり飲みやすい。あっさりめの食事にあいます。
夏はこれくらいの軽いワインを冷やして飲むのかいいよね。
タイバーネとはまた違う楽しみ方です。

「なんかさー、最近白が美味しくて。それもこういう軽いワインがさ。
ちょっと前まではこってりお肉と濃いいめの赤ワイン!だったのになあ。」
と母が言ったら、
「ちょっとー、やめてよ、年寄りくさいよ。」
と娘に言われた。


























La Biancara I Masieri 2009 (ラ・ビアンカーラ イ・マシエリ 2009)
イタリア・ヴェネト州産,ガルガーネガ80%、トッレビアーノ20%

ソアーヴェの隣のDOC地区である、ガンベッラーラでアンジョリーノ・マウレが1989年より7ヘクタールの畑とともに始めたワイナリー。ネットで1800円と、お求め安い値段です。

2011年6月3日金曜日

チベット大通り便り

燃やすゴミの日に、家中のゴミを集めていたらば、娘の部屋のゴミ箱から数学のテスト発見。
あら、このシチュエーションはにもありましたねえ。
同じヤツか?いやちがう、点数が1点少ない...。
間違ったところを眺めてみると、ぼんやりと漫然と数字に向かっている姿勢が読み取れます。
問題に対して答えがこれってさ、
問題と答えを並べてみたらありえないでしょこういう間違い方は、という間違いです。

ため息をつきながら、他にゴミは無いかねと見渡すと。
...おや。
部屋を眺めると、夏の準制服のスカートの切れ端が...。なぜ切れ端が?
ああ、そうか。スカートを毎日ベルトで短くするんだったらと、切って裾あげをしてしまったらしい。
なかなかやるな、と思って裾をめくってみたら、
裾をかがり縫いしていないとか、その処理がまるでお粗末。(せっかくミシン買ってあげたのに。)

あのさ、母はね、制服を無断できってしまうこと、そのことよりも、
スカートの裾処理の雑さ、つまりは、娘の詰めの甘さ、そういうところがとてもいやなんです。

全てにおいて、詰めが甘い。
やるならちゃんとやれよ、と思います。


洋服が好きなら洋服をもっと大事にしなさいよ、とか、
「センスが」、とか言うなら部屋に対する美的感覚はないのか、とかね。


そんなことで頭いっぱいになってきちゃって、もんもんとして、
夕方、帰ってきた娘に「スカートを無断で切ってしまったこと」という
ポイントがずれたことをつべこべ言ってしまいました。
ほんとは、やると決めたならきっちりやれ、ということが言いたかったんですよ、よろしくたのむよ。

数学も、本当は仲良くできると楽しいからその楽しさを分って欲しいと思うけど、
向き不向きってあるからさ、でもそれ以外にも、数学は点数取れると便利なんだよ、イロイロと。


2011年6月2日木曜日

埋葬

埋葬 (想像力の文学)

三十歳前後と見られる若い女と生後一年ほどの幼児の遺体が発見された。犯人の少年に死刑判決が下されるが、まもなく夫が手記を発表する。
〈妻はわたしを誘ってくれた。一緒に死のうとわたしを誘ってくれた。なのにわたしは妻と一緒に死ぬことができなかった。妻と娘を埋める前に夜が明けてしまった〉。読者の目の前で世界が塗り替えられる不穏な「告白」文学。







 
「あたしさー、”きょうかいファッション”が好きなんだよね」、と娘が言ってた。
そのセリフを思い出してしまった。
私は娘の言う”きょうかい”をずっと”境界”だと思って、なんか、境目の、端っこの、カテゴライズされない、交じり合ったファッション、だと思っていたのだが、「教会ファッション」なんだそうな。シスター風のファッション。なんだ、そうか。まるで想像しなかったよ、”教会”なんてさ。

でも、教会と境界も交差するところだよね、人と神様が、わたしとわたし以外が、それとそれ以外が、今といつか、が。


この本を読みながら、そう思ったことをぼんやりと思い出しては、息を吐く。
わたし、とわたし以外との境界、いまといつかの境界、それはなんだろうね。
薄い膜の入れ物に充填された内容物である「わたし」は、私とそれ以外とを、この膜で分けているけれど、この膜の外側も、ほんとうは「わたし」なのだ。「わたし」がいなければこの膜の外側も存在しない。
今といつかを分けるものも「わたし」である。
死がデフォルトで「生」は特異点。特異点の「わたし」が入れ子のように普遍やデフォルトを決めてゆく。はじめからそこには何もないのだけど。

そんな当たり前の、けれども当たり前すぎて忘れているあるいは忘れたふりをしている部分を、私に当たり前に広げてくる。その、たたみかけるような言葉の圧力増加にまた息苦しくなって読むのをやめて息をつく。窓の外を見る、整理する、想像する、そして想像に色をつける。先を読みたいような、でも読んだら確実に終わってしまう、それが惜しくて、ゆっくり、でも急いて読み進める。これの繰り返しである。

昔、「インド夜想曲」を読んだ、その感覚に似ている気もするけど、それよりも生々しく、私の皮膚とその外界、もしくは生活と妄想と創造の境界を、すべるように引っ掻いてゆくのだ。インド夜想曲のようなうっとりするような感覚ではなく、醜くて目を伏せたいものを突きつけてくるのだ、この物語は。

この物語について語れば、それはまるでちがう物語を語ってしまうような気がする。

”もの”って形(入れ物)と機能や内容物が一体となって、名前がつけられて、私はそれを認識するのだけど、私は、この本を読みながら、入れ物よりもまずその内容物に気がいってしまい、これって一体なんなんだ、と思ってしまった。(トリック構造は読みはじめたとたん分かったが、それこそがトリック、なのかもしれない。)細かく分析すると大きなものが見えなくなってしまうような、この、めくらまし的構造(入れ物)と内容物のレトリックに、ものすごく楽しめて思い出したいくないことまで引きずり出される。
最後は何も考えず、本の流れに意識を浮かべて読んだ。

こういう小説は好きだ。



■■■
そういえば、私はGさんに、
「浮気はね、どこからが浮気なんだかって曖昧じゃないですか。でも、実際にそれをしたかどうかって問題じゃはないんですよ。私が”Gさんが浮気をした”と思ったら、それが私にとっての真実なんです。不安に思ったら(もうめんどうなんで)決め付けることにするから。逆に分らなければ、それははじめからないものなんですよ。そして突き通したうそは真実になるんだよ。」
と、言っているのだけど、この本にもそう書いてあるよ。たぶんね。

# あ、家庭内に不穏な空気は流れてません、念のため。

2011年6月1日水曜日

食卓にあがった放射能

1泊出張。学会で発表。
発表は緊張もせずに終えたけど、長時間新幹線乗ってオシリがいたい。
(もう眠いので、誤字脱字はおいおい直す。)

講演の中に福島の原発事故についての特別セッションがあったので、聴講した。
後援は日本原子力技術協会最高顧問 石川氏。
原発推進派ということらしい。(私はそっち方面は詳しくないので分りませんが。)
事故の経緯の説明、安全性について(多様性と信頼性の両立)、設計要求仕様の考え方、などの話があった。チェルノブイリまで考慮されていなかったと言われてきたヒューマンI/Fに加えて、今後は地球とどのようにI/Fをとっていくのかも考えなくてはならない、とのこと。

米国のスリーマイル島原発事故の事例から、炉心は燃料が形状を維持せず圧力容器下部に崩れ落ちた状態であることは早い段階で推定できたはず、としている。事例と実験・原理を目の前の状況にマッチングする能力が今のエンジニアには欠けているのではないか、と、言っていた。原発の黎明期・立ち上げ期、と、維持期の現在とでは、エンジニアに求められる能力や経験値も違ってくるし、この非常時において働かせなければならない能力のマッチングの問題もあるのではないか、と、聞きながら思った。
氏は、現在は非常時であり、平時の基準で対処していたら、事は遅れるばかりだと言う。20~100mSvであればそれほど人体には被害が無い、という...。(ほんとか?)


そういう考え方もある一方、基準値は最悪ケースを想定し、それでも安全率をかけるくらいの値にすべきという立場をとっているのが「食卓にあがった放射能」。本書を読むと20mSvがどれくらいか、野菜の放射能基準の2000ベクレルがどのあたりに位置するのかが分る。(タイ、フィリピンなど東南アジアの輸入基準は540ベクレル以下と低いし、シンガポールはどんなレベルの放射能も許さないという立場をとっている。)
基準値とは、ここまで摂取してよいという値ではなく、摂取しないほうが良いのはあたりまえ。
特に単位あたりのベクレルではなく年間摂取量として考えなくてはならない。主食は、ベクレル数が低くても要注意だ。

多くのデータ(主にチェルノブイリに関するデータ)が掲載されており、1冊読むと、ベクレルとシーベルトの巷で言われている値がどれくないなのか、という感覚がつかめる。


さまざまな数値があって、どれが本当に安全な基準なのか分らない。
(そもそも精度の良い測定器は効果で個人では持てないから、測ることも出来ない。)
立場違えば値の評価の仕方も違う。結局は自分で決める、しかない、のだと思う。


食卓にあがった放射能












メモ:値は1990年当時のもの。変更されたものもあるかもしれないけど調べてない。

【放射能の単位:ベクレル】1秒間に1回原始が変化する(壊れる)ことに相当する放射能量。
【被爆線線量:シーベルト】放射線が人体の体の単位質量あたりでどれくらいのエネルギーを失うか。
(α、Β、γ、中性子線では人体の化学結合に与える影響に違いがでる。)

【ベクレルとシーベルト】
・被爆線量(ミリシーベルト)=線量係数×放射能摂取量(ベクレル)
線量係数: セシウム137 1.4、セシウム134 2.0、ヨウ素131 1.4(経口)  0.89 (吸入)

・職業人の年間放射線限度にあたる50ミリシーベルトの被爆を受けた場合のがん死する確率
(本には計算方法記載)
国際放射線防護委員会(ICRP)の評価では1/2000
ゴフマンの評価では1/50(50人の労働者に一人が毎年死んでゆくことになる)
→大きくばらつく

・輸入食品 暫定基準値 370ベクレル/kg
・チェルノブイリ原発事故語の諸外国における食品放射能に対する基準値
→日本の基準は諸外国と比較して高い。
・汚染は干ししいたけ、ナッツ類に蓄積しやすい。
・事故後、放射能期待への放出後いったん低下するが、数ヵ月後に水、土壌汚染からの吸収があるため再び増加する。
・特に主食の米・小麦などについては年間摂取量が多いため、kgあたりのベクレル数が小さくても要注意。