2011年6月18日土曜日

アイの物語

ヒトは自分固有のフィクションの中で生きている。外界とのI/Fである(ヒト固有の)感覚器官を通して固有の思考回路をとおった、その物語の外に出ることはできないのだ。その外側の世界はどんなだろうと考える。

この『アイの物語』は、アンドロイドのアイビスがヒトに物語る6つの物語と、最後アイビス自身の話から構成されている。アンドロイドはヒトとはスペックが違う。それは知性のスペックの差なのだ。
ヒトはヒトであるゆえに倫理と論理の自己矛盾に陥ってしまう。ヒトは事実そのものを認知することはできないのだ。

6話に出てくるアンドロイドの詩音は「すべてのヒトは認知症なのです。」という。「ヒトは正しく思考することはできません。自分が何をしているのか、何をすべきなのかを、すぐに見失います。事実に反することを事実と思い込みます。」と言う。ヒトと共存するためのアンドロイドとしてのモチベーションを学習しながら探す。そしてヒトが抱える不合理と折り合いをつけるためには、肉体ではなく体感感覚を通して蓄積される記憶(ヒトであれば心)の中に答えがあると推論づける。


アイビスの語る物語ひとつひとつを小説として読むと、まあ普通の短編なのだ。でもアイビスの語る物語、それをつなぎ合わせたアンドロイドとヒトとの話『アイの物語』とした時、最後ちょっとじんときてしまった。近未来の話だけれど、ちょっと古っぽいアナログちっくな感じがするのは、作者の山本弘が1956年生まれ(50過ぎ)だからなのかもしれない。(ラノベを読んだことがないのでどんなジャンルなのかわからないけど、ラノベの人らしい。) 話自体に懐かしい匂いがする。

私は生きるということは時間・時系列と記憶であると思っている。アンドロイドのように、この記憶も継げたらいいのにな。

アンドロイドの虚数iとI(私)と愛の物語。



アイの物語

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