2011年6月15日水曜日

ざわざわ

テストも終わり、夏休みに向かってまっしぐら。
相変わらず娘は寝てばかりいる。
寝る子は育つ。もう母を見下ろす。肩幅デカイ。
そんなヤツがリビングでグースカ寝ているわけで、寝起きは機嫌悪いわけで...、
もし、コレに、さらにすね毛が生えてて汗で蒸れた匂いもしていたら、と想像するとくらくらする。
とにかく、そうやってむりやり自分を慰めてみたりする。

思うに、夜ごはんの後、片付けをしたら、母はコントラバスの練習をするわけで、
この野放し状態の娘にとっての空白がいけないのではないかと思う。
まあ寝るくらい、いけなかあない。
でもこれが毎日だと、時間がもったいなくないか?

明日から、こまめに起こしてみるとか、他にいろいろ試してみるとか...。
帰納法だな。

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今日、仕事をしていたら、
「aniaさーん、○○学校の副校長という方から電話です。」
「え?」

ええええええ。アイツ何やったんだよ、いったい。
大怪我したとか、警察に保護されたとか、何か問題起こしたのか?
今から学校いかなくちゃ行けないのかな。休みの申請しないと。
悪いことばっかり頭をよぎる。

「はい、お電話変わりました。」
「お仕事中すみません。今お時間よろしいですか?実は...。」

って、そんな想像するような悪い話じゃなくて
以前娘が書いた文章について、ある本へ掲載したい旨申し入れがあり
その可否についてご家庭で判断して欲しい、という説明でした。
なんで担任じゃなくてわざわざ副校長なんですかね、という内容でしたよ。 
ああ、びっくりしました。
よかったよ、事故とかじゃなくてさ。

2011年6月14日火曜日

ばーさんになるまで右往左往。ばーさんになったら縁側でお茶をすすりたい。

教則本と、30エチュードに、しつこくしつこくでてくる八分音符。
これをやりだすと、30分があっというまだ。一種のトランス状態かも。
でもなかなか出来るようにはならない...。

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厚生労働省が公表している食品の放射性物質の検査結果を見ると、
事故後、初期3月末ごろまでは、北関東の野菜に基準にかかわらずヨウ素、セシウムが出ていたが、
5月半ばくらいには減ってきており(お茶に出ているけど)、今度は魚介類の数値が気になる...。
先日聞いた食品への放射能の話によると、
野菜からの検出は一旦減るが数ヵ月後にまた増加する、また魚介類への蓄積も懸念される、
ということであった。

厚生労働省のデータ
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001fcjd.html

また「2r9852000001cest」で検索すると、
 [PDF]食品の放射性物質検査について
を検索できます。


できれば、物が考えられる状態で出来るだけ長生きして、
ひなたぼっこをしながら「いろいろあったねえ、じーさんや。」
と、言い合いながらお茶と道明寺をいただきたいものだねえ。


2011年6月13日月曜日

会社は人件費を何に払いたいのか、を考えてみるに。

アンダンテさんのところの

つまり、高専卒にはかなりの割合で「使い捨て労働力」としての役割が求められており、実際問題、数年以内の離職率は高いといわれている。就職はできる…でも..(以下略)

の記事を読んだら、
むーん、そうなのかー、でもそれはどうしてなのか、とか考えてしまった。
(今の高専と昔の高専は違う(←と、知り合いの先生も言ってた)と思うけど、とりあえず。)
私の場合、高専中退、浪人、大学(文転したものの希望の学部は×、文系なんだか理系なんだかというところに入り、受験失敗に鬱屈とした4年間を過ごす)、その後理系な仕事について20年。そして今も仕事を続けている。

入社した当時は、同じ会社に偶然にも高専時代の元のクラスメイトや違う学科の同輩、後輩、先輩がいたけれど、今同じ会社に残っているのは...あれ、一人もいない。違う会社に就職した女子たち、あれ、一人も残っていないです...。研究部門もあり製造部門、企画部門さまざまだけれど、女子の場合は全て退社し、たぶん専業主婦へ、男性の場合は関連会社へ出向もしくは異動となっている。

けれど会社側が高専卒ということで「使い捨て」的待遇を取っているのかというと(私のいる会社の場合ですけど)、少し違うような気がする。会社が中堅以上の社員に対して求めるものは、
技能(技術スキル)を実際に使える人間ではなくて、
・技術を理解できること
・必要な技術を見極める嗅覚
・実際に起こる複合問題の要因分析
・プロジェクト遂行能力(人をまとめる)技術
...などの人の気質による部分を要求するようになると感じている。技能は外から買ってしまえばいい、と考える。ツールでも、技能でも人でも。

人でしか出来ない部分に高い人件費を払いたいわけです。
問題を掘り起こし、定義する部分。
人と人とのインターフェースの部分。これ、大事よね。

一方、私のもとクラスメートたちは、
・(S/W、H/W)技術が好き
・もくもくと遂行する
・優しい、
・ムードメーカとなり人を引っ張っていく、というより縁の下でコツコツ...
な感じ。 もちろん一人一人みんな違うけれど、まあ傾向として。

ある程度大きな会社で働き続けるには、会社が求める方向に自分を変えていけるかどうか、自分の居場所をすばやくみつけるかどうかによるのかな、と。
職人的スキルをずっと活かして働きたいなら、会社を選ぶ必要がある、と思う。
大きな(古い)会社より、小さめの会社のほうがいいのかも。自営で技術を売るとか。

...考えたのはここまで。

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あとはつれづれに。あくまでも個人的な考えです。
高専時代、中の良かったAさん。彼女は中学時代、地域一斉の模擬テストでもトップに名前があったくらい優秀だった。テスト前にはよく一緒に勉強をした。当時は私もとても良く勉強していた(笑)。問題の大雑把な解き方を考えるのが私は好きで細かな計算が不得意、Aさんは緻密に数字を追ってゆく。分担すると効率的に勉強が進んだ。
彼女は人前に出ること人と話すことが苦手で、バイトも人と接さない仕事を選んだ。クラスでも常にトップの成績、国立大学に編入し、卒業後は大会社に就職した。けれど、すぐ会社をやめてしまった。配属先が企画系。企画を考え取りまとめる仕事ではなく技術ど真ん中の仕事がしたかったのだそうだ。
(一度、彼女の家に遊びに行ったとき、旦那さんは朗らかで、がはがはと笑う関西の人だったけど、これは今でもとても良く分る。のほほんGさんに通じるものがある、かも。)

知り合いの男子の同窓生(卒業してないからちがうか...)は、ほぼ、関連会社へ。
製品開発部へ配属された女子は、締め切り前の激務に耐えられず、退社。これは高専・大学出身問わず。
研究所配属の後輩たちは、やめて専業主婦へ。年に数本の論文ノルマやヘンな人が多い研究部門は人間関係がしんどい、みたい。
そういえば時々一緒に仕事をする男性は、高専卒でやはり20年近く働いているが、かなりニッチな技術を開拓して深堀邁進中である。

今は新入社員に高専卒をみつけるのはなかなか難しい。修士卒が多い。

女子の場合、高専卒じゃなくても入社時の10%しか残っていないから、出がどこであれ、20年も働くことのほうが珍しいかも。私の出た大学から今の会社に入社する人は今後いない、と思う。今の部署に配属となったのも人脈と情報、そして運である。運は待っているだけじゃめぐり合えなくて、センサーを働かせていないと呼び寄せられないと思っているし、人脈はとても大事だ。(高専時代、面白そうな教養系の先生を見つけてはよく遊びに行っていたのが役に立った。)
いろんな人を見ること話すこと、関係の無い分野でも足を突っ込んだりすることって実は人間の栄養になっていると思う。

高専にいる5年間では、必要な技能やスキルを磨くことで時間的に精一杯だし、集まってくる人の気質がわりと似ているので、その外側にある回り道に立ち寄っている暇はあまりない。一般教養的な科目が苦手だからここに来たという子が多かったし。

今となっては、若い頃はリベラル・アーツの分野を、回り道しても、と思うんだけど。
(今となってだから思うわけで、当時はなかなか考え及ばなかった。)


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高専の2年生くらいの時、友達と登校中の電車の中でのこと。となりにテスト中らしい高校生が、家庭科のテスト対策で根菜の切り方を覚えていた。なんとか切り、とか。それを聞いて一緒にいた友達が
「いいよねえ~、普通の高校生は楽ちんで。野菜の切り方なんか覚えてさ。あたしたちなんか...。」みたいなことを言った。
それを聞いたときに、私は逆に「このままじゃまずい。」って思った。普通の高校生が知っていることや大学受験を契機に詰め込まれる一般教養とか、そういうものを知らずにこのまま技術スキルだけを覚えて就職してしまうのはいやだ、と思ったのだ。さらに、そういうことを軽視した言い方をしてしまう友人たちの風潮がなんだかいやだったのだ。
やりたいことは、ここじゃないとちょっとは感じていたけれど、"大学"へいこうと思う気持ちが芽生えたのは、たぶん、このあたり。


2011年6月12日日曜日

たまには洗濯に。

東京交響楽団 定期演奏会を聞きに新百合ヶ丘、昭和音大のテアトロ・ジーリオ・ショウワへ。
学生さんがヴァイオリンとかチェロをもって歩いている姿は目の保養です。


(プログラム)
ルトスワフスキ:小組曲
シマノフスキ:ヴァイオリン協奏曲 第2番 作品61(
ヴァイオリン:諏訪内晶子)
ショスタコーヴィチ:交響曲 第10番 ホ短調 作品93

指揮:クシシュトフ・ウルバンスキ  







生オケは久しぶりだったのですごく楽しみでした。といっても聞きなれているわけじゃなく。
プログラムはポーランド2曲とソビエトと、北の音楽。指揮者もポーランド、28歳と若い(そしてカッコイイ)。北欧の独特の和音や音の並び(名前がついているんでしょうか)が好きなので、このプログラムはとっても好みです。お客は8割くらいの入り。

シマノフスキのヴァイオリン協奏曲は初めて聴く曲ですけど、この曲、好きです。そして諏訪内さんのヴァイオリンの音は、その音の深さと芯は太い透明感とでもいうのでしょうか(技術的なことは分りませんけど)、終わった瞬間、なんだかうるっときました。
ショスタコの10番、予習していきました(5番以外なじみが無いので)。1楽章が終わり、2楽章中は緊張感がずっと続いていて体に力が入っていて、終わった瞬間、力が抜けて息を吐きました。指揮者の表情によくマッチした曲だと思います。(この大曲を全て暗譜、練習中もスコア見ないで指示出ししていてすごい、ということです。)
たまには行かないとね、命の洗濯に。

ところで席は、前のほうが好きなんです。団員の皆さんの表情が見える場所で、弦の音にならない擦れる瞬間の音が聞こえるくらいのところ、そしてコントラバスが見えるところ。本日は前から2列目でコントラバスはちょっと見えにくく、音は私の頭上を飛んでいく感じ。でもチェロの皆さんの靴下の柄とかはばっちり見える席でした。
今度は、もう3席くらい後ろがよろしいかと。


2011年6月11日土曜日

文学賞メッタ切り!

昨夜、Gさんは午前3時半に帰宅。Gさんが、羽目をはずすのは珍しいのだ。

「今日のGさんは使い物にならんね。」
「起きてくるのは夕方くらい?」
「たぶんね。」
外は大雨。娘と二人朝ごはんの食卓を囲みながら会話する。

あら、意外、10時半に起きてきました。
「トイレ(まだ寝る)?それともごはん(起きる)?」
「ごはん。」

まったりの休日。

今日で震災から3ヶ月。
宮城ではまだ5000人ほどの行方不明者がいるという。
瓦礫も片付いていないよう...。

母の目の手術はうまくいったようで、「よく見えるようになったよ!」と言っていた。
よかった。

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今日みたいな土曜の朝、NHK BSプレミアムの週間ブックレビュー、間に合えば見る。
朝6:30~とちょっと早いのだ。チャイに起こされた時なんか、エサをやりながらぼーっ見る。
毎週、3人ゲストが自分のお勧めの本を持ってきて、それについてゲストと司会者(この前までは児玉清さん)とともに語るという内容。面白そうな本の開拓にもなるけれど、それぞれの選者が自分なりの視点で語るのを聞くのが面白い。
それに番組後半、ゲスト作家のインタビューもある。作家の人のお話ってなかなか聞けないし、それも自分の本について書いたいきさつとかをゆっくりと語る姿は、民放じゃ見れないでしょ。
本日は森絵都さんが「この女」を語った。(あ、私と年齢同じだった。)


ずっと前、書評家の豊崎由美さんがブックレビュー(もしくは特番みたいなの)に出ていて、ヘミングウエイの『誰がために鐘は鳴る』はくだらない通俗小説だとか言ってばっさり切っていたのを聞いて、そのオヤジくさい語りが面白かったので、書評を読んでみたいと思い購入。(おそらく、彼女の書評は違う本じゃないと分らないかと思うが。)

日本の文学賞の種類、位置づけ、選考方法と選考委員など、裏側を覗けて面白い。(文学賞の一覧あり。) ファッションショーの解説のような語り口で、豊崎・大森二人の対談が進む。同じ調子なのでちょっと飽きちゃって休み休み読んだ。2008年度版だからちょこっと古い。

HPもある。(最後の数字が第○回にあたる。)
http://web.parco-city.com/literaryawards/141/



文学賞メッタ斬り!

芥川賞・直木賞から、話題のホラー小説大賞、メフィスト賞、ファンタジーノベル大賞まで、50を越える国内小説賞について、稀代の読書家大森望・豊崎由美の二人がアンタッチャブル徹底討論!
WEBマガジン「エキサイトブックス」で一大センセーションを巻き起こした掟破りの言いたい放題がさらにパワーアップ。