昨日の夜作ったカレー。
今朝も食べました。
出掛けにまだ温かいカレーを冷蔵庫に入れられなくて大丈夫だろ、と思って鍋に放置したカレー。
半日で黴が生えました。orz。
■■■
昨日の夜、内田 樹の研究室の「2011.07.05暴言と知性について」をふんふんと読んでいて途中で吹いてしまった。ああなるほど、もやもやをきっちり言ってくれた気分。
松本復興相が知事たちに対する「暴言」で、就任後わずかで大臣を辞任することになった。
ことについて思うところを書いた記事だ。
興味のある方はぜひ全文をお読みください。
(前略)
怒鳴りつけられたり、恫喝を加えられたりされると、知性の活動が好調になるという人間は存在しない。
だから、他人を怒鳴りつける人間は、目の前にいる人間の心身のパフォーマンスを向上させることを願っていない。
彼はむしろ相手の状況認識や対応能力を低下させることをめざしている。
どうして、「そんなこと」をするのか。
被災地における復興対策を支援するというのが、復興大臣の急務であるとき、被災地の首長の社会的能力を低下させることによって、彼はいったい何を得ようとしたのであろうか。
人間が目の前の相手の社会的能力を低下させることによって獲得できるものは一つしかない。
それは「相対的な優位」である。
松本復興相がこの会見のときに、最優先的に行ったのは、「大臣と知事のどちらがボスか」ということを思い知らせることであった。
動物の世界における「マウンティング」である。
(中略)
論争的場面において、人々は詭弁を弄し、論点をすり替え、相手の思考を遮り、相手が「むずかしいことも理解できるように知性が好調になること」を全力で妨害している。
それは論争の目的が、相手の知性を不調にさせて、ふつうなら理解できることも理解できなくなるように仕向けることだからである。
論争相手を知的に使い物にならなくすることによって「どちらがボスか」という相対的な優劣関係は確定する。
この優劣の格付けのために、私たちは集団全体の知的資源の劣化を代償として差し出しているのである。
(後略)
マウンティング..。言いえて妙。
あんまりにも納得したので、わははと笑って、Gさんにこの部分を読み聞かせてしまった。
相手に自分の優位さを見せつけ思考停止にし考えさせなくすることで自分の主張を通す、こういう手法にはわりとよく遭遇する。(会議の席上でも、よく見かけるし、それを思い出したから吹いたのだ。)
そして、明快なロジックとデータ(事例)、分りやすい落ち着いた口調で説明することで相手の思考や理解のパフォーマンスを上げていくという知性に対して、だんだんと自分をかえりみてしまい、結局はうなだれ反省へ。
でもまあ。分ったところで、もしロジックとデータの準備が不十分であれば、その途端、相手の知的パフォーマンスを上げるという手法では目的達成まで行き着かない状況となるだろう。知性を武器にする手法から、優劣関係でもって相手をねじふせる戦法にアタマの回路が切り替わることだってあるだろうなあ。
そして、さらにさらに、仕事に場面を移して想像(妄想)は進む。
もし、みながみな相手の知的パフォーマンスを向上させるような、理論構築と語り口で打ち合わせしはじめたとしたらどうなんだろう....うう、正直なんかキモチワルイ。
理論的に矛盾が無く、少しでも良い解を探索しようとしはじめたら、...多分、物事、なかなか決まらないだろうなあ。声の大きい人、立場を利用してゴリ押しする人、高慢な物言い、理論で押し通す人、そういう人たちへの不満をためる人(あとでぶつぶつと不満を吐き出す。ああ、それは私か?)、場をまとめようとする人、そんな力学でつりあって、なんとかひとつの解で折り合いついて決まっていくような気もするのだ。
もちろん、政治のレベルでは、ぜひとも有害無益な「優劣決め合戦」じゃなくて相互の知的パフォーマンスを上げる手法で論争してほしいなあ、そういう場面見てみたいなー、と思う。
2011年7月10日日曜日
夏の光
オシリの、座ると椅子に当たる部分が2,3日前から痛いです。打ち身的。
だから、ちょっと恥ずかしいところにサロンパスを貼って寝て、目覚めた朝、5時15分。
寝違えました。首を回すと痛いです。
サロンパス、増えました。
日曜なのに部活があるというのでこんなに早く起きたのに、もう外は光がさんさん。
朝ごはんを食べ、娘を送り出してから、草木の水やりと家の掃除、それが終わって9時。
おお、こんな早い。そして、やはり、まったり。
梅雨が明けたそうです。
だから、ちょっと恥ずかしいところにサロンパスを貼って寝て、目覚めた朝、5時15分。
寝違えました。首を回すと痛いです。
サロンパス、増えました。
日曜なのに部活があるというのでこんなに早く起きたのに、もう外は光がさんさん。
朝ごはんを食べ、娘を送り出してから、草木の水やりと家の掃除、それが終わって9時。
おお、こんな早い。そして、やはり、まったり。
梅雨が明けたそうです。
本日、室内30℃ 湿度60%。
家中の窓を開けると、好きな夏になります。
ブラインドを全部下ろしても、隙間から入ってくる光でいい感じの暗さです。
家の窓は東向きなので午前9時まで、外の強烈な光を家の暗がりから眺めることができます。
こういう夏が好き。
とりあえずだった、手縫いの裾も切りっぱなしの カーテンもどき。
とりあえず、じゃなくなっています。
洗濯もして使っています、もう2年。
とりあえず、じゃなくなっています。
洗濯もして使っています、もう2年。
本を読むときは光側に頭を向けて。
家の窓をとおして見える、
お隣の檸檬の葉っぱの光。
そして午睡。
2011年7月9日土曜日
おそろいはいやがらせの匂い
髪を切って黒く染めた。
「なーんかこれ、アレに似てますよ、あれ、なんだっけ。手塚治虫?藤子不二雄?」
「あ!プロゴルファー猿!」
「そうそう。似てません?」
「(笑)雰囲気分ります~。」
と、髪を切ってくれた美容師さんと。
髪を染めるときって、薬つけてべたっと寝かしつけますけど、
その姿、髪短いとこんな感じになるんですわ。
そのあと、娘と待ち合わせてスクールバック(スクバ)を買いに。
娘、母を見て
「ちょっとー。そっくりじゃん。」。
「ああ~、いやがらせだよ。」
「げー。」
つまりは母、真っ黒おかっぱ再び、です。
でも、言っとくと、ショートボブは私のほうが先にしてたんですからね。
母の場合は刈上げ部がほとんど無いけどね。
スクバを買って、
「はー、これでボロボロスクバもおしまい。
私のさ、穴あいて一年半前から内ポケットと外ポケットつながってたんだよね~。」
「へえー便利だったじゃないか。」
ついでに(?)FAUCHONでパンを買ったら、
娘の目がショーケースの中のサヴァラン オゥ ラムに釘付けになっていたので、
(やばいと思い、)ささ、早く帰ろう、と促した。
■■■
母はまだ、子離れが出来ていない。
会社で同僚と話をしたりすると、
「Aniaさんは、娘Loveですよね。もうそのオーラが強烈にでてますから。」
「子離れしたほうがいいですよ。」
「何事にも執着しすぎるといかんです。」
「大学になったらもう家なんか帰って来ませんから。」
とか、いろいろなご意見をいただく。
”子供と親は別の固体”、そんな考え方はとても好きだし、
理詰めで納得する人間になりたいと思ってきた。
けれど知識で組み立てた考え方に納得はしていても、
体の奥の方からふつふつわいてくる情動というか本能のようなものと交差している地点に娘がいる。
二人で協力し合って濃ゆく過ごした小学校の6年間、その時間をとおして、
母が自分の情動というか理性ではコントロールできない自分自身を
自覚する(認める)ようになったのかと思う。
まあ、人間らしく成長できてよかったじゃないか>自分。
「なーんかこれ、アレに似てますよ、あれ、なんだっけ。手塚治虫?藤子不二雄?」
「あ!プロゴルファー猿!」
「そうそう。似てません?」
「(笑)雰囲気分ります~。」
と、髪を切ってくれた美容師さんと。
髪を染めるときって、薬つけてべたっと寝かしつけますけど、
その姿、髪短いとこんな感じになるんですわ。
そのあと、娘と待ち合わせてスクールバック(スクバ)を買いに。
娘、母を見て
「ちょっとー。そっくりじゃん。」。
「ああ~、いやがらせだよ。」
「げー。」
つまりは母、真っ黒おかっぱ再び、です。
でも、言っとくと、ショートボブは私のほうが先にしてたんですからね。
母の場合は刈上げ部がほとんど無いけどね。
スクバを買って、
「はー、これでボロボロスクバもおしまい。
私のさ、穴あいて一年半前から内ポケットと外ポケットつながってたんだよね~。」
「へえー便利だったじゃないか。」
ついでに(?)FAUCHONでパンを買ったら、
娘の目がショーケースの中のサヴァラン オゥ ラムに釘付けになっていたので、
(やばいと思い、)ささ、早く帰ろう、と促した。
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母はまだ、子離れが出来ていない。
会社で同僚と話をしたりすると、
「Aniaさんは、娘Loveですよね。もうそのオーラが強烈にでてますから。」
「子離れしたほうがいいですよ。」
「何事にも執着しすぎるといかんです。」
「大学になったらもう家なんか帰って来ませんから。」
とか、いろいろなご意見をいただく。
”子供と親は別の固体”、そんな考え方はとても好きだし、
理詰めで納得する人間になりたいと思ってきた。
けれど知識で組み立てた考え方に納得はしていても、
体の奥の方からふつふつわいてくる情動というか本能のようなものと交差している地点に娘がいる。
二人で協力し合って濃ゆく過ごした小学校の6年間、その時間をとおして、
母が自分の情動というか理性ではコントロールできない自分自身を
自覚する(認める)ようになったのかと思う。
まあ、人間らしく成長できてよかったじゃないか>自分。
2011年7月7日木曜日
2011年7月6日水曜日
レッスンメモ6
レッスンに行こう!と、仕事がんばったら、帰りが遅くなって練習時間が取れません。
それでも、今日は15分前から気配を消してスタンバイ、終業とともにGoです。
注意点・ポイント
・教則本シマンドル
(右手に関すること):
ダウンとアップの速さが違うので、音の質が違い、テンポがずれているように聞こえる。
4分音符は十分に伸ばす。
(左手に関すること):たくさん。
左手の語りはいつも同じ形にする。
→4の指で押さえる時も、1,2,3の指もしっかり置く(浮かせない)。
→2の指で押さえる時に、1と2の指の間隔が狭いので、デフォルトの形に広げること。
指だけで押さえるのではなく、左足、腰、指全体で押さえる感じ。(その感覚、ワカリマセン)
・30エチュード
8分音符は、大体出来ている。
弓を返さない付点8分と16分音符の音形、 16分音符をもっと短く。きっちり。
・カヴァレリア・ルスティカーナ
これでもかってくらいにスラー。決して切らないように。
後半のほうが良い感じ。
・次回までの宿題(1ヶ月の間が開くのでたくさんでた)
シマンドル:P28~P32
30エチュード:4番、7番
G線上のアリア(仕上げるように)
■■■
・「宿題がたくさんでるので、練習たくさんしないと追いつかないです。」
と言ったら、もっと出されてしまった。
どうやら、練習は正しい方向に量をこなしてなんぼ、らしい。
・『コントラバス・レパートリー』から愛のあいさつをやろうとしたら、
「それは難しいですから。」と言われてG線上のアリアになった。
「ああ、やっぱり、楽譜、黒いじゃないですか、16分音符で。」と言ったら、
「そんなに難しくないですよ。今度やりましょう」、って...えぇ~!
音符的にも聞いた目にも愛のあいさつの方がぜったい簡単だと思うんですけど。
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