2012年6月17日日曜日

散らかっていても美しい部屋...をめざしたい

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週末、日曜にもなると朝から気が重いです。
掃除と3度のごはんつくりと前後の食器洗いとアイロンがけが一日の大半を占めるからです。
(合間にコントラバスの練習をする) 
しかも娘がいるとおひるごはんの催促が入り面倒。
「掃除、しなくてもいい」って言われてもねぇ、
他にする人もいないので、我慢比べに負けた人が掃除係になります(←母)。
穴の開いたバケツに水を足していく...な気持ち。
たぶん、使ったものは速攻で元に戻すようにしていけば散らからないはずと分っていても、
新しく増えたアイテムは置き場がありません。(適当に置くので雑然としてくる)
それに置き場があっても元に戻す時間も気もない人が他にいますから。(←多くは娘)

私の母は、共働きでしたが朝6時から掃除をして、それから仕事に行ってました。

現在私は当時の母よりもっと早く起きてますが掃除をする時間も気力もありません。
きれい好きは遺伝しなかったもようです。

わたしゃ、朝、時間があったらゆっくりコーヒー飲みたい。

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20年ほど前、同期入社の友達のお宅にお邪魔する機会があったのですが、
そこの家の中は....モノがたくさんあって、それらが山積みになってました。
散在してた、と言ったほうが合っていたかもしれません。
しかも床の隅っこにも埃か砂かが落ちてたし。
でもその友人はまったく気にする様子もありませんでした。
(ある意味、カルチャーショック。これが都会の家ってやつなのか?とかね)

でも、汚いって感じはしないんですよ。それどころか、なんか一種雰囲気がある家の中。
ひとつは有機物系のゴミじゃなかったことと、書類も多かったですが、
一見乱雑においてあるモノが、一定の統一された風合いをもっていたからのような気がします。

家人のモノに対する趣味のよさというか。

だから、モノを買う時には、前もって置き場所を決めることとともに
色とか趣味とか統一して買うといいのかもしれませんね。
そうすると雑然と置いてあってもなんとなく居心地がいいのかも。

とか思いつつ、
今週も掃除とご飯つくりの週末。

昨日出かけるときにルンバを放して、床のゴミとり。
今日は隅っこのゴミ掃除とかトイレ洗面所とかアイロンがけとか。
終わると一日が終わります。うー。

統一された趣味のモノをそろえる、というタスク遂行にこそ実は時間と気力が要るのですね。


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夜に。

あかいあかり...この電気ラナンキュラスなんだよ!
い...なんかないかなあ。
うつくしいうかい。
えっちなえきいん。


あんた、なんでカルタとか作ってるわけ?
なんとなく~。
あのさ、
"はじけるはは"とか、
"はげしいはは"とか、
"はずかしいはは"とかは?
え~なんで"はは"なのさ?

いやそれよりもなんで今、カルタなのさ。


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ギロック はじめました。
週に30分くらい。全くの独学なのでボケ防止に。

2 件のコメント:

  1. >穴の開いたバケツに水を足していく

    そうそう。掃除しかり、洗濯しかり、食材購入しかり。家事が楽しくないのはそこに原因があるんでしょうか?あまりに刹那的な達成感。

    我慢比べ…、少なくとも子ども達とやって勝ち目はありません。敵は我慢すらしてませんから。息子の部屋を豚小屋なんて絶対に呼べません、豚さんに失礼すぎます。

    ピアノ、再開されたのですか?充実した音楽ライフですね。

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    1. トマト さま。
      家事は散らかす人と片付ける人が分離していることが問題だと思います。
      そして片付けても感謝されないこともストレスのもと。
      「なんであんたの散らかしたものを私の時間を使って片付けなきゃなんないのさ!!」

      ピアノは習ったことが無いのですが、
      娘が弾かなくなって放置してあるピアノと、
      日曜にちょいあまる自由時間の30分を有効活用しないと、と思いまして。

      和音が出せるってすばらしい。弾けないけど楽しい!
      (ギロックはずっと前、娘の先生に「これなら練習用にいいかも」と
      紹介してもらったものです。もっと時間が出来たらちゃんと習いたいです)

      問題は騒音を出してのご近所迷惑....

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