2011年5月9日月曜日

アブダクション

たれぱんだ的と言われたGさん曰く。
「でも、たれぱんだでいることは案外難しいんだよ。
 まず、たれぱんだでいられる場所を見つけなくてはいけない。 これがまず難しい。
 たとえば、このおふとんの上、ここはイイ。たれていられる場所なんだよ。」
と、(ダレて)言ってます。
(いや、Gさんがたれていられるのは、
私のキャパの大きさがあってのことだろう、と、こっそり思ってみる。)

お、急に動きが早くなったかと思いきや、
「たれぱんだVSめかたれぱんだ!
  ばばーん!
...でもとくにたたかわない。」
と再びたれるGさん。ココロは小学5年生。←って本人も納得してたよね。

■■■
G.W.も終わり、仕事も始まった。

ところで。
現場第一主義の方というのはどこにもいると思うけれど、そんな方々、だきあわせのように数値実験(シミュレーション)に懐疑的な人が多い(のではないか)。そんなおもちゃみたいなやつで、とか。そんなこともあって数値実験の有効性を分かってもらえる説明の仕方というのはないだろうかと、時々考えてみたりする。
例えば私は、仮説を立てる時に、帰納法と演繹法のハイブリッド的な思考がしっくりとくる。しかし、帰納法的に事例や結果から法則を導き出す場合、材料となる事例の数はそう多くない。そこにシミュレーションを適用することで(経験の加速)多くの仮想事例を得られるとすれば、そこから導いた法則(仮説)
の妥当性を今度は実験で検証するという(実験とシミュレーションのハイブリッド)方法論が説明できないかな、などと考えて、ぐーぐるさんに手がかりを探してみたら...、

アメリカの哲学者・論理学者のチャールズ・パースが推論過程の一つとして再定義した言葉、アブダクションに行き当たった(私が知らなかっただけで3つの推論様式として有名なのだそうだ)。アブダクションは帰納法と比較して創造性の高い拡張的推論ということみたいだ。つまりは、法則性を導くからもう少し思考の飛躍があり、既存の法則からひらめきや創造へとつなげることなのだろう。

この、法則性の検証からひらめきへ飛躍する瞬間ってどんな状態なのか。
脳の自発活動、ノイズともきっと関係があり、ランダムノイズがあるタイミングで事象と法則を結びつけるんだろうなあ...、などと考えて一日終わった。
おい、仕事しろよ。>自分




帰納・演繹・アブダクション:
パー スは推論という作用を演繹(deduction)、帰納 (induction)、仮説形成の三つに分け、規則と事例から結果を導きだす推論である演 繹、事例と結果から規則を導きだす推論である帰納に対し、規則と結果から事例を導きだす遡及的推論型・仮説形成型の推論をアブダクション (abduction)とした(この用語自体はアリストテレスが分析論に用いたApagogeをもとに造語したものである)。また、パー スは、帰納も演繹も実はアブダクションにもとづいたもので、3つの推論方法は本来は総合的にはたらき、何かを発想したり、思考を始めると きには 先ずアブダクションをし、仮説を形成しながら推論しているとした。アブダクションは、東洋の思考法に多く見られる傾向であり、西欧で比較的多く見られる二 元論的な思考論理の限界を認識するという意味でも興味深い論法である。(http://i.impressrd.jp/e/2008/02/01 /362)

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