2010年12月12日日曜日

グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた


私はビジネス書とかノウハウ本とか成功体験本とかは全く読まないのだけど、先日、池田ブログを読んでたらなんだか読みたくなってついクリックしてしまった。
amazonから届いたとき、Gさんには、一緒に買った石井光太の「感染宣告――エイズなんだから、抱かれたい」のカモフラージュやん?と言われちゃったよ。いや、ちゃんと両方興味あったから買ったんですって。


今、私は欲しいモノってあんまり無い。
美味しいお酒を飲むことや美味しいごはんを食べること、音楽をやったり聞いたりすることは好きだしお金もある程度かかっちゃうけど、モノを持つというより内(自分)に向ける経験とか時間とかにかけるのであって、外に向けたモノを持つステイタス感みたいなものに対してではない(という感覚)。それが世の中一般の流れなのかは分からないのだけど、近頃じゃあ人が欲しいと思うようなモノをつくっていくのって以前より難しくなってるよなあ、という気がしている。

ソニー、アップル、グーグルの時代変遷といえば、私が学生時代から社会人となるころの時代とかぶっている。そしてウォークマンやマッキントッシュ、iMACなんかを持ってると、なんかカッコイイかもと思えた頃が確かにあった。”持つ喜び”みたいな。ネットでサーチする時も「え、最近ではgooとかyahooじゃなくてgoogleの方が使いやすいよ」ってなことを言っていた(当時から今でもそれくらいしか分かってないけど)時代を会社で過ごしてきたわけで。

この本に書かれていることは、会社生活も20年近くなろうとしている身では、うなずけることや共感できることや、ちょっとそれは違うんじゃないか、などど思いながら読める。プロジェクトの立ち上げや成功の部分には臨場感。ただ、本の内容、というか書き方としては池田氏が書いているように
全体として、ビジネス本としては表面的で、暴露本としては遠慮ぎみで新情報がないが、日本の会社がなぜだめになったのかを知る素材にはなる。
な感じもしてしまう。

でもでも。ソニーという会社に対してあった夢みたいなものとかソニー製品に対するわくわく感とともに、その時代の日本の勢いも思い出すのだ。



グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた












ネットでは普及しつつある半完成(出荷時)後に完成・成長する製品(ソフト)というのが、ハード(モノ)にも広まっていくのか、はたして。

2010年12月11日土曜日

クリスマスというイベント

「クリスマスには、どこかに食べに行くかもしれないからさ、習い事を入れないでおくよ。」
そう娘が言っていたのを思い出し、食事の予約を入れた。

で、
「25日、予約入れといたから。」と母が言ったら、娘は無言ののち「え。」。
「何か予定があるの?」
「友達とライブ行くかもしんない。言ったよね?」
「聞いてない。」
「言ったと思うけど。」
「いや、聞いてないよ。ま、いいや、そんときはGさんと二人で行くからいいや。」
「えー、ごはんも食べに行きたいよ。他の日にずらせないの?」
「いや、前の週は予定は入ってるし、他の休日もだめだし、ずらせないよ。」

うちはクリスチャンではないけど、25日に家族そろってごはんを食べることが暗黙のうちに優先されるもののような気がしていたのだけど。なんとなくだけど。「友達と遊びに」が優先されるようになってきたんだねえ。だよなあ、そんな時期なのか、成長を感じるが、やはし少し寂しいような複雑な気持ちの母です。

まあ、ライブはまだ確定ではないので娘としてもやっぱり一緒にごはんもいいかも、と揺れているようでもあります。


「ねえねえ24日じゃだめなの?」
「24日はGさん帰ってくるのが遅いからだめだよ。」
「でもね、24日の方が重要な日なんだよ、
それはね、イエスはさ....(ウンチクを聞かせてくれたが母には分かんない)。」

いや、でもそれをね、トイレの扉の内側(母)と外側(娘)でしなくてもねえ。


2010年12月10日金曜日

じーさんたさん

先日のこと。
朝からブルーの便箋に向かってなにやら娘が書いていた。

「よし。」と言って、封筒に入れてダダダダダっと下って行っった。
母も一緒にダダダダダっとついて言ったら、
 娘がまだ寝ているGさんに「はい、これサンタさんに渡してください。」
と言って封筒を渡しているところであった。

----(だいたいこんなことが書いてあった)---
さんたさんへ

じーさんたさん。ことしのクリスマスプレゼントは、ゴスロリがいいです。
いい子にしてますのでください。

○△×というブランドがいいです。
通販で買えます。

-----------------------
(ははーん。Gさん向け戦略か。こりゃウマい手ですな。にしても、幼稚な文章だ、そして殴り書きかよ)

Gさん、 「分かった、サンタさんに渡しとくわ。でも買ってくれるかわからへんでー。」

さて、はたしてサンタさんは願いを叶えてくれるのでしょうか。


■■■
後日。
「でさ、欲しい服見つけたんだけど。」
「ふーん、どれくらい?」
「3万くらい。」
「は?ゴスロリ服に?」
(ってゆーかそんな服は市場が小さいので高いのは知っていたがそれにしても。)

「電子辞書に3万出すのは納得できるが、
ゴスロリ服という、年に何回着る機会があるのかわからんものに出す金は無い。却下。」と、母。
「え。だって、その理屈はヘンだよ、分からないよ。」

(しばらく言い合いください、な状態。)

プレゼントと言うものは、あげる側ではなく、もらう側によって価値が決まるものだとは思うのだが
それにしてもねえ。


2010年12月9日木曜日

専業主婦という選択は浪費なのか?

朝、会社についたら、まずはうんと濃いコーヒーを飲みたい。
でもって飲みながらメールチェック、余裕があるときはニュースチェック。
今日なんか久しぶりに2日続けて出張が無い反動からか、池田ブログまでチェックしてしまった。

12月8日の記事。「専業主婦という浪費」こんなトラップのようなタイトル、つい読んでしまうじゃないか。
 以下、一部抜粋。

Economist誌も指摘するように、日本の女性の労働参加率は先進国でもっとも低く、賃金格差は最大だ。この原因は、総合職の女性がいったん結婚退職すると、次に就労するときはパートしかないからだ。「ワーキングプア」と呼ばれる非正社員の大部分は、こうした主婦のパートである。

こうした硬直的な雇用慣行が、少子化の原因になっている。子供一人あたりの養育コストは1300万円程度だが、八代尚宏氏も指摘するように、最大のコストは出産退職の機会費用である。平均的な大卒女性が定年まで勤務した場合の生涯賃金は約2億7700万円だが、28歳で退職して子供を産んでから37歳でパートに出ると、生涯賃金は約5000万円。つまり子供のコストは2億4000万円にものぼり、子ども手当ではとても埋め合わせられない。

働いている自分が専業主婦について語るとき、なんとなく慎重になってしまうんです。
仕事と家事両方やって大変、てな言い方になっていないか、なんとなくいやらしく気にしてしまうんですな。

ま、それはおいといて。
専業主婦となると、もらえるはずだった賃金の損失を最大のコスト、と見ちゃうのか。
そんな単純な話ではないと思うのだけど(例えば、節約とか家事労働代とか保育園代とか感情労働とか、働いてるとつい時間をお金で買っちゃうとか、生活の質とかね、家族によってイロイロの差は大きい)、確かに子供養育コストに対してもらえるはずだった生涯賃金の額の違いは大きい。
子供一人当たりの養育費は実際は大きくばらつき、中学から私立に行く場合は2000万円~ですけどね、とほほ。それでも正社員として働き続けたほうが、コスト(だけ)的には有利なわけです。確かにいったん仕事をやめて、また正社員で働く女性ってあまり見たこと無いです。私の会社では皆無。転職ならばあるけれど。
お子さんがいて働いている女性自体が少ないですし。

難しいのかしら...と、はたと考える。
私は産休+育児休暇+短時間勤務で働いてきたけれど、機械系業種の場合、自然現象は変わらないのでツールの進歩に着いていけさえすれば問題は無いように思う。そしてこの分野では技術の進歩はそれほど早くない。(1年後の育休復帰後、「あ、ぜんぜん変わってないから。」ってボスに言われました。)
けれど問題は、いったん数年スパンで仕事(技術)を離れるとアグレッシブな気持ちが薄れるというか、課題(設計問題を解くこと)に対して執着が薄れるというか、「できてないじゃん、私」的なメンタル面での仕事と生活とのバランスの取り方が難しくなるかとも思う。でも逆にうまくバランスをとれば生活にメリハリが出て良いように転んだりもする。(と思う。)

そんな女性を開発コスト(時間)として考える時、プロジェクト側としては”リスク”として扱わざるを得ないのだそうだ。


個人的に、子供ができても長く働こうと思う女性は、産後復帰後は仕事に対して一定の執着・密度で働いたらどうかと思っている(それが可能な職種や部門を狙う)。がんばりすぎない。そうすれば開発コストとして会社側も扱いやすいし、自分としても生活の見積もりが立てやすい。


そう。だから、私は今日も早く仕事を切り上げて帰る。
後に続く女性が「あんな人でも仕事続けてるし、私でもできるかも!」と思ってもらえたらいいのだ。
(結局のところ、これが言いたかったのだ。)


2010年12月8日水曜日

街がクリスマス色になってた

平穏に日々が過ぎているので、何かに引っかかって考えることもなければブログネタも無い。
母はもう眠い。

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「平均点ぴったり、ヤタ-\(^o^)/」というメールを見て、
「やったね」と言うべきなのは分かるのだが
「よし、次はもっとがんばろうよ」と余計な一言を言ってしまう。
前回の数学よりはかなりがんばったので、手放しですごい!を言いたいのだが
平均点よりあともちょっと~、って思っちゃうんだよね。
ああ、ゆれる親心。


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年末までは少し出張も減ってくるので、畳の上の洗濯物の山も小さくなるかもしれない。
中堅ともなると仕事の内容も技術オンリーから少しずつ性質も変わってくる。
定量的に追い詰めていくことよりもハッタリかましたりとか(笑)。
でもそうやって、ミクロな部分とマクロを行き来するのは、また別の面白さも見えてくる。

会社から帰る時に、
同僚に「帰りまーす。」と言ったら、
「えーもう帰るんですか~?」と言うので、
「あ、それってパワハラだー!」と言い返したら(パワハラ、違うと思うけど)、
「あ、もう帰れるんですね、すごい~。」と言い直してくれた。

いつもこんなに早く帰る私に仕事をさせてくれてありがとう、会社
って思いますよ。時々ですけど。


It is not the strongest of the species that survive.
を引用(孫引き)したら、ダーウィンは「種の起源」でこれを言っていないらしく。
ちゃんと調べてから使おうね>自分